現象の奥へ

【昔のレビューをもう一度】『ブルーに生まれついて』──歴史に残るジャズ映画の傑作(★★★★★)

『ブルーに生まれついて』(ロバート・バドロー監督、2015年、原題『BORN TO BE BLUE』)
2016年12月13日 8時18分

イーサン・ホークチェット・ベイカーを演じるという情報がFacebookに流れてきた7月から、「おおーッ!」と感じ、すぐにサントラの一部の、イーサンの My Funny Valentine と I've Never Been In Love Beforeを、ベイカー自身のものといっしょに、iTune Storeで買って聴き比べていた。

 イーサンはかなり特訓をしたようだが、たとえば、My Funny Valentaineは、チェット本人の甘く痺れるような歌声には及ばない。チェットはRとLの音の正確さ(これと比べると、イーサンは英語のネイティヴではないように聞こえるが、それはそれで初々しい感じでよい)に加え、その音がいかに甘美になるかをも示して、たった一つの音にも広がりと深みを与え、これ以上ないという完璧さで歌っている。もし、シナトラ(これとも聴き比べているが)の明るく軽い歌い方が、一般的なら、ベイカーは、それをどこまでも個人の歌として脱構築しているといってもよく、それはトランペットにもいえて、これが、ニューヨークのクールジャズに対する、ウェストコーストジャズというものなのだろう。

 本編の目的は、ヘロインで身を持ち崩したダメ男の半生ではなく、ジャズ史のある一面を描こうとしたところにあると思う。ゆえに、本編は、すでに成功して、転落したベイカーの人生の中盤から始まる。その転落からいかに這い上がっていくかを描きながら、周囲のジャズメンたち、と、そのエピソードをさりげなく語っていく。ベイカーより8歳年上で、お先に「ヤク人生」を行ったチャーリー・パーカーの話から、ニューヨークでクールジャズの帝王である、マイルス・デイヴィスとの、「接触」。

 白人であり、軟派な男であるベイカーが、ことトランペットに関しては、すごい根性を見せ、マイルスをも恐れさせる──。だがやがて、ヤクととも、ヨーロッパへ消えていく──。その柔らかな明けの明星の軌跡のような美しさを、中年になっても無垢な美しさを保っているイーサンが演じる。もうそれだけで「傑作」なのである(笑)。

 なにより、映画が始まってすぐに、ウェストコーストの海岸風景が、ゴダールの映画のように切り取られ、本編で一番印象に残る曲(My funny Valentaineでも、I've Never Been In Love...でもなく)、チャーリー・ミンガスの歴史的名曲、Hatian Fight Song(『The Clown』所収)が流れ、チェットの心象風景を描写する場面にはぞくぞくした。それは、文字通り、「虐げられた民族」の「闘い」なのである。ここにこの監督の志が現れているといってもいい。

 

 

 今の評価はともかく、歴史に残るジャズ映画の傑作と見た。