現象の奥へ

【詩】「平家物語」

平家物語

 

平清盛は、2022NHK大河では、松平健が演ずるが、いかにも悪そうな風貌、

対する後白河院、いかにもずるそうな風貌は、もうめちゃくちゃに皺の寄った、西田敏行扮する。

清盛の妻の妹が後白河院とのあいだに産んだ子を天皇とし、清盛の娘を、その天皇中宮とした。

京に三百人の少年の密偵を放ち、平家をそしるものを密告させた。

源頼政は、後白河院の皇子以仁(もちひと)王をたて平家追討の命を諸国源氏に伝えさせる。

清盛はこれを打ち破るも不安を感じ、三歳の外孫安徳天皇とともに福原に移る。
伊豆に流されていた頼朝(NHK大河では大泉洋)は、妻政子(NHK大河小池栄子)の父北条時政NHK大河彌十郎とかいう歌舞伎俳優)に助けられ、伊豆で平家打倒の兵をあげる。

関東地方の大小の武士団が頼朝の助っ人に集まり、

頼朝は「鎌倉殿」と呼ばれ、武士団は「御家人」と呼ばれ、契約を結ぶ。

平氏の古い政治は民衆から疎まれていた、

清盛病死が没落の始まり。教訓は、敵は内にあり。

誰が書いたか名文のために平家は歴史に残った。

祇園精舎はどこにある?




【詩】「明月記」

「明月記」


頭上に残る白雪は、なぜか、南極に残された太郎次郎を思わせる。

内の殿上を許されるのが生涯最大の夢、

とは虚しき。

ウイルスはなお大暴れ、しかし、平家は壇ノ浦に消え、

テレビドラマは『鎌倉殿の十三人』。この、

13という数字、いかにもエンタメ意識数。

私は十五歳になったばかりの愛犬を亡くし、途方もなく、友に紹介された、

常寂光寺を訪れ、定家と出会い、ゆえに、

二代目の犬に定家と名づける。女子なれど。おそらく、

藤原どのは、殿上を許された日より日記をつける。

十八歳なり。七十にして、それを懐かしく

思い出す。

この空間は月明かりなり、そして時間は、

日記。



【詩】「ソシュールの『一般言語学講義』」

ソシュールの『一般言語学講義』」

 

それは1916年に出版された、学生たちのノートを参考にして。

ソシュールはそんな本の原稿を書かなかった。

しかしそれは、現在使用されるすべての言語の、

構造をあかした。

ことばには、パロールとラングがあり、

ことばという「もの」の周囲に成立する、

科学は、三つの段階を踏む。

そのことばがいかなる「もの」を指しているかを認識するまでに。

「文法」と呼ばれていたものとはなにか?

ギリシア語からはじめ、フランス語によって継続する、

そして文献学(la philologie)。それはすでに、

アレクサンドリアにもあった。

文献学校。

ニーチェフーコーも、文献学者だ。




【詩】「小林秀雄の『ドストエフスキイの作品』」

小林秀雄の『ドストエフスキイの作品』」

 

「若しトルストイが『永遠の良人』を書いたら、この作品は、恐らく二倍の分量になってゐた」

ドストエフスキイは、前篇的顚末をものの見事に割愛してゐる」

突然の主人公たちの邂逅と重い背景。

この手法を、池波正太郎は「仇討ち」で使っている。

よけいな事情の省略はスピルバーグも使う。

フランス革命が長く尾をひく時間のなか

1821年、ドストエフスキイはモスクワで生まれた。

同年、パリでは、ボードレールが生まれる。

私は、もう十年以上も、

小林秀雄の生の声を聞き続けている。ゆえに、

氏の書く文章がすべて氏の声を通して響く。

そのとき私は、すべてのテクストを超えて、

そこにいる。

そこ、温かな生のさなかに。





 

 

【詩】「双六」

「双六」

 

一枚の紙をひろげれば、できあがる世界。

切ない年始めのこころを受け止める。

骰子ふり出た目の数をすすめば、

骰子一擲ネバーネバー同じならずの声。

「おんな双六」なるもののあがりは、

「奥さま」

紋のある羽織を羽織ってかしこまった奥さまの、

はじまりは、はて、なんだったかしら?

女給? 職業婦人?

夜も更け、子どものこころにも虚無がやってくる頃、

遠い未来はウイルスなる宝を用意して待っている、

とも知らず、翌日へと続く寝床へ。

このゲームも、紙を畳んでしまえば、

おしまい。



 

 

【詩】「プルースト」

プルースト

 

それは魔法の言葉。

André Dussollierが読むプルーストを聴く夜、

しぶんぎ座流星群が静かに落ちかかる準備をしている、新月の次の日。

ゆえに、しぶんぎ座流星群はよく見えるらしい。

昏さが温かさに変わる夜、世界のために祈ろう。

とりわけ動物がしあわせであるように。

フランスの俳優、Dussollierの顔はすぐに浮かぶ。

そのやさしさ、ものごしの、哲学的な

瞑想的な。

俳優でありながら、プルースト的な。

甘い夢、眠り、なにもしない怠惰を、

これを読んでくれるあなたに、

贈ります。

Longtemps...



 

 

【詩】「Let us go then」

「Let us go then」

 

T・S・エリオット自身の絡みつくような肉声を聴いている。今夜は、The Love Song Of J.Alfred Prufrock。

夕暮れが空いっぱいにひろがり、誰かは急いでいる。

安ホテルに一夜だけの宿をとり、どこかの窓辺では、

女たちが行ったり来たりして、

ミケランジェロについて語っている。ただそれだけの、

人間の時間。悲しい、もの悲しい、殺人事件でも起こってほしい。

あなたと私はついに出会わず、私は九十一歳の母親と喧嘩した。

もはや筋肉は垂れ、ミルク色の入浴剤のなかでも海藻のようにふにゃけている。私は、

新年を寿ぐ気持ちを失ってしまった。

Let us go then

夕暮れを、夕暮れを、夕暮れを、

探して。