現象の奥へ

【詩】(無題)

(無題) 「これはこれは、忘れようとして思い出せない」 かつて、漫才の京唄子の相棒、鳳啓助は言うのだった。 漫才がベケットの芝居そっくりであった時代。

【詩】「羅生門」

「羅生門」それは千年以上前の寓話で、しかも龍之介という名の作家の創作だった。人心が荒れ果てた時代、三十代の女性が半年つきあって別れ話に逆上した八歳年下の男から逃げていた、また三人組をいく組か形成して、そこかしこで強盗を働くということがあり…

【詩】「トルコ」

「トルコ」トルコはイスタンブールであり、トロイヤであり、殺人事件が起こる列車が出発する国であり、オルファン・パムークの青春の都市であり、いつまでも雪の降り続く国であり、暴力と親和が混じり合う──そんな国を想像してみたことはない。そんな国では…

【詩】「ブラックホールは自殺する」

「ブラックホールは自殺する」永遠でないことに飽き、自殺することにした、オレ。どうやって?簡単。きみが忘れてくれさえすればいい。闇の触覚を、渦巻きの昏さを。そうして単体の寿命を測り新しい理科に乾杯する。どういうつもりなんだ?「流れ星は不死身…

【詩】「何でも行け、ローマ!」

「何度でも行け、ローマ!」 何度でも行け、ローマ! そしてベネト通りでダンスせよ、ヘップバーンのようにね! そして海岸で、おおきな「淀ちゃん」(淀川に流れついて鯨の愛称)のような魚の死骸のそばを歩き、おのれの堕落を甘受せよ! 親友の死をかみし…

【詩】「ローマ」

「ローマ」はじめてローマのキャピトリーノの丘に達したとき、珍しい柄の猫にあった。ローマでは珍しくなかったのかもしれないが、そいつは、渦巻き模様だった。いや、そいつら。何匹もがらんどうの丘の斜面をのし歩いていた。透明の天使や戦士が飛び交って…

【詩】「荒地2023」

「荒地2023」ばりあるおぶざでっど。えいぷりるいずざ、くるーえすとまんす。ぶりーでぃんぐらいらっくあうとおぶざでっどらんど。死んだ土地からライラックを生まれさせる。子犬のまさにぶりーどのように。一歳になったばかりの幼い雌が、赤ん坊を製造…

【詩】「プレザンス」

「プレザンス」プレザンス、それは、われわれの知覚の選択。丸ければ丸い、四角ければ四角い、表象を選び、現実のなかに像を現前させる。そこに介在するは意志、時間、瞬時に切り刻まれる時間。「私」の前に現れる現象を知覚、非知覚のどちらかのなかに選び…

【詩】「近松」

「近松」十六世紀の最後の三十年間歌舞伎は最高潮となり、その中心は、豊臣秀吉だった。派手な衣装がすきだった、微賎の出ゆえ。歌舞伎の源流は、自称出雲大社の巫女、女芸人阿国大した芸じゃなかったが、もともとは盆踊りだった踊りを、大胆に踊ってみせて…

【詩】「右側に気をつけろ」

「右側に気をつけろ(SOIGNE TA DROITE)」 物語を詩にして完成させ、その日の朗読会に間に合うように届ければ罪はゆるされる。罪? なんの罪?物語? なんの物語?そして馬鹿殿は、詩を作り始めるのだった。韻も踏まない十四行だけある詩はソネットと呼ばな…

【詩】「詩が詩に横切られる」

「詩が詩に横切られる」いま、1888年米国生まれの英国人、Thomas Stearns Eliotの「荒地」のなかのマダムが歩いている部屋のウィンドウが見えるが、そこを、1906年アイルランド生まれのフランス人になってしまったSamuel Beckettの「ホロスコープ」という詩…

【詩】「ブレイク」

「ブレイク」教育は、われわれがほんとうに感じたり欲したり、興味を持ったりすることを、隠す。有害なのは、そうして得られた知識ではなく、それがわれわれに強いる画一的なものの考え方である。と、T.S.エリオットは、「ブレイク」という論文のなかで書い…

「愛しているのか、恨んでいるのか」

「愛しているのか、恨んでいるのか」ときどき載せられる書き込みを、ひそかに覗いている。男を恨んでいるような、でも愛しているような。ほんとうに、あの男とあの女は、やってしまったのか。女は男をなじっている。ほんとに、知り合ってまもなくホテルに行…

【詩】「メモリー」

「メモリー」人生でいちばん最初に飼った犬は近所で生まれたスピッツとおそらく雑種との混血で何匹か生まれたうちのその犬だけ、白い毛が短めだった。 わんわんウルサイのでベルと名づけた。一年もたたないうちにジステンパにかかって死んだ。実際、ジステン…

【詩】「ナチ」

「ナチ」ナチが悪であることは誰もが知っている。 しかし、ナチは一種の思想集団であり、人物そのものではない。その「思想」が裁かれる。どのような「思想」か。 それは、ハンナ・アーレントが、エルサレムで、元ナチの秘密警察の長であり、多くのユダヤ人…

【詩】「アエネーイス」

「アエネーイス」羊飼いの老人のように、半分眠りながら、この物語を読んでいる。そのうち自分がアエネーイスであるような気がしてくる。アマゾネスに助けられ、這々の体でトロイアを逃れた。向かうはローマ。だったかなー?故郷は戦場。なにもかも打ち壊さ…

【詩】「実朝」

「実朝」「海は無数の剣」と、ボルヘスが書き始めたとき、実朝はすでに死んでいた。従兄弟だったかの僧侶に暗殺された。36歳の柿澤勇人が演じる18歳の実朝。そして、従兄弟の、坂口健太郎メンズノンノ演ずる北条泰時に、恋心を感じる。柿澤の無垢なまなざし…

【詩】「鏡」

「鏡」お願い黙っていて。ほかのひとにささやいてあげたならきっと、喜ぶでしょうけど。なんて、中村晃子は歌っていた。ドロン相手はダリダ。大柄なドイツ女。黙っていて、とは、秘密にして、という意味ではなく、口をきかないで、ウルサイから、という意味…

【詩】「雨」

「雨」はげしく、板庇を打つ雨は春の古句なかに閉じ込められて、無数の、雨に関する夢想を呼び起こす。La pioggia, la pioggia non esisteジリオラ・チンクェッティが歌う、ローマの存在しない雨「月さま、雨が」と、日本の芸妓の寄り添う雨。「春雨ぢゃ、濡…

【詩】「豊川(とよがわ)」

「豊川(とよがわ)」豊川は一級河川です。私がそのそばで生まれ育ったその川が一級河川であることを私は誇りにしてきました。海に近く、川であるけれど、干満があり、水がひくと、シジミなどがとれました。お盆には岸に無数の提灯。しかし、ある年の台風で…

【詩】「束の間の菫」

「束の間の菫」だれでも子供時代は思うみたいだ。生きているのは自分だけで、自分の見ていないところでは、世の中のひとは人形で止まっている。すばやく振り向くとまた動き出す。実際、止まっているところは見られない、仕組みになっている。そう、信じるこ…

【詩】「幽霊はどこにいる」

「幽霊はどこにいる」ひさびさ安部公房の戯曲、『幽霊はここにいる』をやるそうな、渋谷パルコ劇場で。安部公房+渋谷パルコ。に、いにしえの情熱の燃えかす、火のないところに煙はたたない。思い出おおき渋谷パルコ。あるときは、南沙織が、マネージャーら…

【詩】「カルヴィーノに捧げる赤い月」

「カルヴィーノに捧げる赤い月」織田信長が眺め、明智光秀がちらりと見た月食は、天王星ならぬ土星によって邪魔され、442年後、土星ならぬ天王星によって横切られることになった。こんや、それを、月の哲学を描いたカルヴィーノに捧げようと思うのだ。おりし…

【詩】「八代亜紀の『舟歌』を口ずさみながらポール・ヴァレリーを思う」

「八代亜紀の『舟歌』を口ずさみながらポール・ヴァレリーを思う」おフロで、口をついて出た、お酒はぬるめの燗がいい、さかなはあぶったイカでいい、ぬあんて、天才阿久悠が書いている。なぜか前頭葉の奥から、ポール・ヴァレリーが湧き出して、この地球が…

【詩】「案山子田稲穂(かかしだいなほ)、ウンガレッティのひばりを守れ!」

「案山子田稲穂(かかしだいなほ)、ウンガレッティのひばりを守れ!」リルケの季節が来た。仲間には、ホルクハイマーやベンヤミン、ウンガレッティがいる。エリオットは春の、雨のなかで泣いている。そこには、リルケの国から来た風も吹いていた。その壁、…

【詩】「思い出の日本一万年」

「思い出の日本一万年」清水て、ではなく、く、くにお、邦夫の戯曲に、『思い出の日本一万年』というのがあった。『明日そこに花を挿そうよ』というのもあった。『雨の夜三十人のジュリエットが帰ってくる』というのもあった。題名だけはすばらしいが、中身…

「別れ、あるいはカルヴィーノの黄昏」

「別れ、あるいはカルヴィーノの黄昏」 「黄昏が別れをためらわせた」とボルヘスは書く。 遠く近い砂漠の、 Duneと呼ばれたその星の天上では、 イタロ・カルヴィーノが月までの距離を測っていた。 ボルヘスが測っていたのは森の昏さで、 今宵、いろいろな言…

「見世物」

「見世物」三河一宮の砥鹿神社のお祭りにはいつも見世物小屋がたって、ものものしい看板が観客を驚きの国へと連れて行く。大学病院の白衣を着た医師と看護婦が驚きの表情をしている絵。一つ目の赤ん坊。その異形にどんな論理も法律も摂理も持ち込まれない。…

【詩】「船旅」

「船旅」「海は無数の剣であり、満ち足りた貧困である」とボルヘスが書いたとき、アシェンバハは船からすれ違うべつの船を見ていた。豪華客船であり、甲板で船客たちが彼に向かって手を振っていた。なかでも、派手な作りの男、顔を白塗りにして口紅を塗り、…

「源氏物語」

「源氏物語」この時代、紙は貴重なり。ゆえにパトロンがいる。パトロンは、「教え子」中宮彰子の父、藤原道長なり。全巻中、雲隠という章は題名のみ。はて。雲隠の章は紛失す。宣長だったか。それ以前の章は後より付け足された章なり。ゆへに、雲隠の章から…