現象の奥へ

【昔のレビューをもう一度】『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師 』──大竹しのぶ+市村正親の方がはるかによい(★★)

スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師 』(ティム・バートン監督、2007年、原題『
SWEENEY TODD: THE DEMON BARBER OF FLEET STREET』) 2008年1月23日 2時35分

本作は、もともとあるミュージカルの「古典」を映画化したもので、復讐劇も人肉パイもべつに、ティム・バートン監督のオリジナルではない。むしろ私は、あまりに舞台そのままなので、拍子抜けした。
 舞台の『スウィーニー・トッド』は、2年前に、「リバイバル」でブロードウェイで登場したとき、パッツィ・ルポーン+マイケル・サーヴリスのコンビで観た。このときは、登場人物の一人一人で楽器をひとつずつ演奏しながら自分のパートも歌うという離れ業に、象徴的でシンプルな舞台装置が非常に洗練されていた。
 去年、それを、大竹しのぶ市村正親のコンビで日本でも上演されたのも観たが、これは、オリジナルのロンドン版を彷彿とさせるリアリズムの演出で、大竹の歌唱力に感心した。
 これは実際にあった「事件」で、ロンドンの「フリート・ストリート」には、床屋も残されている。
 さて、そういう舞台をティム・バートンが映画化し、しかも主演は、デップと、私のすきなヘレナ・ボナム・カーターである。期待して観にいった。
 しかし、期待は大いに裏切られた。舞台では感動的であった、全員で歌う主題歌が、映画では完全に省略されていた。これがなければ、『スウィーニー・トッド』である意味がない。しかも、映画ではどんな猟奇的なことも可能である。こういうブラックな題材を舞台で、しかも、ミュージカルでやるから面白いのだ。作曲+歌詞のソンダイムの天才が本作の面白さに大いに関係しているが、バートンはそれをまったく理解していないようだ。
 機会があれば、ぜひ舞台を観ていただきたい。