現象の奥へ

『キャッツ』──驚異の前衛詩のエンタメ化(★★★★★)

『キャッツ』(トム・フーバー監督、 2019年、原題『CATS』)

 もともとは、T.S.エリオットの「詩集」、"Old Possum's Book of Practical Cats"(『お役立ち猫たちのフクロネズミ爺さんの本』)を、「ミージカル化」したもので、歌詞はほとんど、エリオットの詩の言葉である。その「詩集」のひとつひとつの詩は、ほとんどが、ややこしい猫の名前("THE OLD GUMBIE CAT"とか、"GROWLTIGER'S LAST STAND", "THE RUM TUM TUGGER", "THE SONG OF THE JELLICLES"……)が題名になっていて、その名前は、一匹の猫は三つの名前を持っているが、三番目の名前は、猫たちだけの秘密の名前で、長たらしくもややこしい。これがミュージカルのキャラの名前である。そこには、物語らしい物語はなにもなく、きっちりした韻を踏みながら、猫が「語られている」。その「詩」は、エリオットより6歳年長の、ジェームズ・ジョイスの言葉遊びのような文体を思い出させる。いわば、最前衛の詩なのである。まずは、言葉ありき。こういったものに、物語を作り、キャラを育て、曲やダンスの振りをつけて舞台化するのは、至難の業であるが、実際にあった猟奇事件をミュージカル化した『スイーニー・トッド』といい、ウェストエンドのお手の物と見た。
 舞台が先で、それを映画化したのが本作だが、映画のよさ、たとえば、『アバター』のようにCGで、耳の動きや表情を猫っぽくしているのも、そのひとつである。こういう作品に対して、舞台と違うとか、物語がどうのとか、文句をつけても始まらない。それはそれとして、楽しむ以外にない。私なんか、ひゃ〜、あんな前衛詩をエンタメ化するなんてと、驚くばかりである。
 エリオットはこの詩集の第一番目の詩、「THE NAMING OF CATS」で、猫の名付けは難しい、休日の遊びというわけにはいかない、猫には三つ名前がある……と書いているが、彼より25年早く生まれた、わが国の夏目漱石の猫には名前がない(爆)。

 

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T.S.エリオット