現象の奥へ

【詩】「ヴェニスに死す」

ヴェニスに死す」


グスタフ・アシェンバハ、小説の中では作家、映画の中では作曲家、いずれ高い地位の五十歳になったばかりの、

当時(1900年代初頭)「初老」と表現されたこの、

ダーク・ボガード扮する男は、ミュンヘンからヴェニスに旅立った

ヴェニスの一流ホテルで出会った母親に連れられて、ほかのきょうだいたちとやってきた少年に心を奪われる

それは少年が、芸術品のように美しいからだった。

美とは、なにかを、アシェンバハはしきりに(心のなかで)語り続ける

やがて

街はへんな病に見舞われていることに気づく

情報がないのだ、当時は

ホテルの新聞も、ドイツ語の新聞がなくなって

ほかの言語のは、そのニュースを伝えていない

やがて彼はドイツ語の新聞を探して

流行病が当地にはびこっていることを知る

アシェンバハ=ボガートは、濡れた敷石のヴェニスの街路を歩き続ける

もしかしたら貝殻がくっついているかもしれない石の柱列を

S字に歩いてふと振り返ると、柱の陰に……

金色の巻き毛、薄桃色の頬、水色の瞳を見る

彼は海岸でパラソルの下で原稿を書いていて、

海で遊んでいるタジオ(少年の名前)の方へ手を伸ばして

立ち上がり、呼びかけようとしてこと切れる

なんて幸福な死に方──

37歳の一流作家トーマス・マンが、

老いを描く

ついでに

流行病を。

ヴェニスの裏道の

牡蠣の殻やらバナナの皮やら小便やらワインが混じり合う場所

そして香水と腐臭と便臭が行き交うところ

人類は何度も何度も試される

幸福な死か不運な死か

ロシアンルーレット