現象の奥へ

【昔のレビューをもう一度】『クワイエット・プレイス』 ──ウイルス相手の戦いに似ている

◎見えない敵がどこからともなく襲ってくる未来。生き残りをかけて一家の主婦(エミリー・ブラント)が戦い抜く。本作の敵は、宇宙人のようだけど、新型コロナは地球を席巻しつつある今、この映画を思い出した。

クワイエット・プレイス』((ジョン・クラシンスキー監督、2018年、原題『A QUIET PLACE』)

ホラー映画に叫びは付き物だが、本作はその「必需品」が初めから禁じられている。どんなに叫びたい時でも、声をあげたら、地球を侵略している何者かに即刻襲いかかられ食われてしまう──。
 アメリカの、実際にあるらしいのどかな場所で、主人公の一家は「暮らして」いる。だがその暮らしは、サバイバーとしての暮らしであり、今後もそれが続くであろうことは、導入からすぐにわかるようになっている。一方、最後まで知らされないのは、なぜそのような事態となったのか、一家を襲ってくる、昆虫が巨大化したような「生物」は、なにもので、どこから、なんの目的で来たのか? ということ。
 ただ、days 64とか、days 451 とか、「日数」のみが知らされ、時間の経過はわかるが、あくまで、daysであり、1週間、1ヶ月、1年といった単位ではない。またなぜその一家だけが生き残っているのかも明らかにされていない。夫は、サバイバルの日々、「敵」が、どのような時に襲ってくるのか? ウィークポイントはどこか、などを研究している。おそらく他人のものであったろう古民家に棲みつき、周囲のとうもろこし畑などには、遠くからでも「危機」が一目でわかる灯りをめぐらせ、少し歩いたところにある谷川で捕った魚を食糧としている。
 「敵」の巨大昆虫様生物は、耳のようなものが巨大化し、バッタのような脚を持っている。どうも人間を襲い、それを食糧としているようだ。そして音をたてるものに襲いかかる習性があり、視覚は発達していないように見える、というより、眼がない。そこを研究して一家は生活を組み立て、サバイバルしてきた。普通、こういう設定の作品はゲテモノ・ホラーが多かったので、そういう展開になるのだろう思って見ていると、だんだん趣が違ってきていることに気づく。
 一家の主婦(エミリー・ブラント)が、長い釘を思いっきり踏んづけてしまったり、出産したりで、叫びたいようなシーンが山ほど盛り込まれ、そのすべてを沈黙で耐えなければならない。一家の長女は、小学校高学年かやっと中学生といったところか、聴覚障害で、父が作った特殊な補聴器を耳にあてがっている。これで、「敵」の発する特殊周波数の音を察知し逃げることができる。そして、これが、敵を全滅させることに導く。つまり、スピルバーグの「ET」では、地球外生物とのコミュニケーションは「ある音階」であったが、本作は、コミュニケーションとは言えないが、「接点」が音の周波数だと判明する。カート・ラッセルを思わせる風貌のこの利発な娘が陰のヒロインとなっていく。よくある紋切り型ホラーと違って、一家の無事は約束されていない。「当時」最年少の4歳の次男も、父親も、敵の犠牲となる。新しく生まれた男の赤ん坊と、少女の弟の長男を守るのは、そう、母親のブラントと聴覚障害の長女。彼女たちの「勝利」を、一応は活写して、この活劇は瞬時に幕を降ろす。