現象の奥へ

『何かいいことないか子猫チャン』──コロナ時代の「おうち」でのけぞろう!

何かいいことないか子猫チャン』(クライヴ・ドナー監督、ウディ・アレン脚本、1965年、原題『WHAT'S NEW, PUSSYCAT?』

 ウディ・アレンのレビュー作にして出世作。監督はやってなくて、脚本と出演だけだが、すでにして、「フツーのオバカ映画」(そんなもんがあるのか?(笑))と違う! 知的にして、毒ももりもり、しかも、大胆! 台詞の大胆さは、いまのウディのまんま。これほどキレれば、すぐに巨匠!を実践してしまった。映画の中では、サエないストリップ劇場の裏方の青年(自身の生い立ちまんまですかね)で、眼鏡、不細工、小柄で、モテオーラなし(笑)。反対に、主役(といっても、ほんとうの主役は、若き(!)ピーター・セラーズ。この頃の毒々しさは、ピカイチ!ぜひともオスカー俳優に名をつらねてほしかったが、無冠で終わった惜しい俳優。『ピンクパンサー』は、もっと老けてからだし)、超イケメンの若きピーター・オトゥール。ファッション誌の編集長だが、モテて困る(もちろん、本人も「据え膳」を喰いまくっているのだが(笑))悩みで、セラーズのセラピーを訪れる。かわいい恋人のキャロル(若きロミー・シュナイダー(!))に結婚を迫られているし。
 本作、この精神科医の城のような家の、夫婦喧嘩から始まるが、この喧嘩の台詞がすごくて、すでにアレン的。デブの妻が、「あんたゆうべはどこの女と浮気してたのよ!その人私より美人?」と問い詰めると、「どんな女だっておまえより美人だ! オレだっておまえより美人だ」と返す。ついでに、「おまえなんか、結婚した瞬間から嫌いだった!」しかし、この妻も、スラップスティックコメディーの展開のなかで、「味方」になっていく筋書きがちゃんとしている。
 「ぼくって、光のかげんによってハンサムに見えるらしいんです」と悩みを打ち明ける超イケメンのオトゥールが白々しくて笑える。それを、出会う女たちがくりかえす。「あなたって、光のかげんによってハンサムに見えるのね」と。アラン・ドロンよりも品があって、ブラピより体格もいいオトゥール。真っ青な湖のような眼で、来る女来る女のかわいこちゃん(プシーキャット)をじっと見つめる。まー、よくもこれだけ美人を集めたと思えるほど、出る女出る女美人ばかり。それが、惜しげもなくキスシーン、ラブシーンをやりまくる。とくに、精神科医のセラピーに来る女たちは、特別ゲストのお色気過剰、ウルスラ・アンドレスもいて、「わたし、性の衝動が止められなくて」とオトゥールに言い寄る。一方、恋人、キャロルのロミー・シュナイダーは、両親もパリにやってきて、「はよ、結婚せいよ」とせかす。ま、いろいろテンヤワンヤはあれど、二人は、無事、パリ市役所で結婚する。めでたしめでたし……とはいかず、その受付の若き女性に、つい、オトゥールは、「What's new Pussycat?」と口走る……(笑)。
 60年代だからできた、性的大胆さと行動の奔放さ! あー、そんな時代があったんだなー、と、コロナ時代の「おうち(At home)」でのけぞろうゼ!

f:id:palaceatene:20200413051316j:plain