現象の奥へ

【詩】「むかしむかし、宇野重吉という役者がいました」

「むかしむかし、宇野重吉という役者がいました」


そう。「むかしむかし」になってしまう。それほど、昔でもないのに。ほんの、五十年程度前?
NHKドラマの題名は忘れた時代劇に、どうせ、「忠臣蔵」とか、あんなのが題材だったか。役柄名だけ、「クモのジン十郎」と。
そのクモのじん十郎の台詞で、
「ほったしゃん……」というのがあるから、堀田なにがし、が主要人物だったのか?
とにかく、川べりで、ほっかむりをした宇野重吉が、(おそらく)内密な話をささやいていた。
そんなシーンだけ覚えているのは、あるいは、
モノマネ芸人の、あのひと……これも名前を思い出せないが、が、レパートリーに取り入れていたからかもしれない。
とにかく、そのシーンだけが、脳裏に残っているのだ。その、
一般民衆が見るような世俗的な作品では、
主役はやらなかった。主役をやるには、風采があがらなすぎた。顔もでかくなく、妙に、役者なのに、存在を消していることがあった。
しかし高校で演劇部に入り演劇を目指すと、
とたんに存在が拡大されてきた。
その名を、宇野重吉。劇団『民芸』の重鎮。
アカ。Red。そんなやからが芝居をやるからには、
インテリにちがいない。その枯れた風貌は今も鮮明に浮かび上がる。
息子の方がエンタメ界では成功して、ヒット曲を残した。
存在を消すという「特技」は、受け継いでいるようで、
ルビーの指輪』が大ヒットしても、
スター感はなかった。たしか、人気モデルの美人と結婚した。
ゴシップもなく。
ただ、曲だけが今も。
人々の脳裏を流れる。
ルビーの指輪を「おれに返すつもりならば
捨ててくれ〜♪」いまどき
そんな潔い男がいるだろうか?
そして、歌詞に盛り込まれた、
「街でベージュのコートを見かけたら」そう、
「ベージュのコート」。
「ベージュ」。
そんな言葉がぴったりの親子。
さりげなさ=粋
について、お話させていただきました。