現象の奥へ

【昔のレビューをもう一度】『ブラック・スキャンダル』──洗練された21世紀の犯罪(暴露)映画(★★★★★)

ブラック・スキャンダル』(スコット・クーパー監督、 2015年、原題『BLACK MASS』)
2016年2月1日 7時43分  

 共感できる人物はひとりも出ない。70年代、FBI最大のスキャンダルとされる、アイルランド・マフィアがからんだ「実話」であるが、いやな感じは少しもしない。むしろ惹きつけられる。青い目にするためにカラーコンタクトレンズを入れても、ジョニー・デップアイルランド系には見えない。アイルランドの匂いがしないでもない、ベネディクト・カンバーバッチと兄弟になどとても見えない。しかしながら、このあたりで、カンバーバッチを持って来ないと、南ボストンで貧しい少年時代を過ごし、長じて上院議員、スキャンダル後も、大学総長におさまった人物を演じるのは難しい。そんじょそこらのアメリカ俳優ではウソっぽく見える。しかしながら主役のマフィアの薄気味悪さは、デップこそがふさわしいという配役なのだろう。
 本作がイヤな世界を描きながら、「さわやか」とさえ言える(言い過ぎかもしれないが(笑))魅力を湛えているのは、作る側の視点が常に抑制が利き、まっとうさを保持しているからだ。ゆえに、マフィアのボスの側近で、司法に協力する者=証言者のインタビューをときおり交えているが、彼らの真面目な眼差しが、かつては殺人さえ犯したのであるが、デップ演じるボス、ジミーほど残虐でないことがわかる。側近のひとりが、ジミーという人物をどう思うかと聞かれ、「生まれながら犯罪者だと思う」と答える。これが、彼らとボスとの違いだろう。
 FBIの捜査官、上院議員、マフィアの三人が幼なじみと肉親であったことから通じ合い、大がかりなスキャンダルへと発展していく。彼らがしたこと、彼らの犯罪がいかに追い詰められたかが描かれるが、殺人の場面はあっても、かつてのバイオレンス映画ほど残虐な場面はない(当然、いかなる殺人場面も残虐でないとは言えないが、少なくとも拷問を楽しむようなサディスティックな場面はない)。とかくギャングがからめば、派手なセックス描写も含まれるが、それもない。犯罪者たちはたまにキャバレーなどでハメを外す程度で、ごく普通の家庭、あるいは、愛する息子を持っていたりし、実際愛を注いでいる。
 にもかかわらず、ジョニー・デップ演じる人物には救いがない。その救いのなさを、描ききっている。デップはすきではないが、これでますます嫌いになった(笑)。しかし、大した俳優であることは確かだ。
 音楽はさりげなく洗練されたジャズを使い、全般に今の時代でないと作れない洗練された作りである。『ゴッドファーザー』のように犯罪者をセンチメンタルに描こうとはしていない。視点はあくまで客観的に突き放している。しかし映像としてエンターテインメントしている。これぞ、映画というべき映画だ。