現象の奥へ

『幸せへのまわり道 』──ハンクスいぶし銀の演技(★★★★★)

『幸せへのまわり道』( マリエル・ヘラー監督、2019年、原題『A BEAUTIFUL DAY IN THE NEIGHBORHOOD』)

 模型の列車や町並みから始まるオープニングがなんともまだるっこしい。続いて登場の、子供番組の人気者、フレッド・ロジャースを演じるトム・ハンクスが、まだるっこしい。こんなたるい映画も今までない……ちょっと前の時代、そう、私の子供時代、NHKで、「ケペル先生、こんばんは〜」てな番組があった。なんでも知っている人形のケペル先生が「なんでも、かんでもやってみよう! ……さて、今日は……」と言ってその日のテーマを述べ、不思議な自然現象などを「調べる」。声は、劇団「テアトルエコー」の熊倉一雄。──ここでは、子供番組の司会者は、眉毛が特徴の白髪のほんものの人間で、ものすごくやさしい。「♪ご近所さん、今日はとってもいい天気、さあ、あなたもぼくのご近所さんになりませんか? さあ、今日のご近所さんは?」てな具合で、ドアを開ける。──ゲストが呼ばれ、いつものくたびれたぬいぐるみたち。そして、テーマ。このテーマがなかなかシビアである。病院とか死とか──。いまも、アメリカのテレビ番組には、人気司会者がおおぜいいる。彼はかつてのその一人。しかも、子供向き。決して怒らない。そして、目の前のひとりひとりの人間を知ろうとする。
 有名とはなんだろうか? 有名とは特殊な才能でななく、状態にすぎない。なのに、今の、とくにネット時代は、自称も含めて「有名人」が多すぎる。そして、なにか特別なものであると思い込んでいる。
 そんなまだっるこしい世界の有名人を、取材にいくように、社会派の敏腕記者が、編集長に命令される。彼は、家族を捨てた父との関係で、鬱屈を抱えていた。会ってすぐにそれを見抜く、ロジャース。そして、ぐいぐい彼に近づいていく。とまどう記者の、ロイド・ボーゲル。
 ま〜トム・ハンクス自身でありながら、フレッド・ロジャースにもなりきるすごい演技。ついにハンクスはここまで達した。
 ロジャースの「手法」は、精神分析の手法と同じである。相手の心の中に、言葉を使って入り込み、「しあわせ」へと導く。おせっかいと言えばおせっかいだが、それが人間であるということ。「人間学」である。すごい!
 今までにない映画なので、面食らう人も多いだろう。ちなみに、ハンクスが主役と思ったら、「助演」として、数々の賞にノミネートされている。なかで演奏される、ロジャースの妻と、彼女に鍛えられているらしいロジャースの弾くピアノがすごい。それがBGMと折り目なしでつながっている。まだるっこしく始まりながら、最後は『ペンタゴン・ペーパーズ』となっているのである。