現象の奥へ

『罪の声』──テーマも明確な端正なミステリー(★★★★★)

『罪の声』(土井裕泰監督、2020年)
(2020/11/5@ユナイテッドシネマ、キャナルシティ13(博多))

 グリコ社長誘拐事件に端を発する一連の事件(映画では、企業名は変えられている)は、「表面的には」おおぜいの犠牲者を出したわけではなかったが、姿の見えない犯人に、誰でもが知っている企業と警察が、国民の面前で、手玉に取られているという点で、そして、その後、さっぱりとした解決があったわけではない点でも、なにかよけいに陰惨な事件であった。そして人々の記憶にもいつまでも残るような事件であった。その事件が描かれるというので、監督も出演者にもなじみはなかったが観に行った。
 そこに展開されていたのは、1980年代という時代の現実であった。事件は金目当てながら、『シカゴ7裁判』のように、犯人グループは三種類からなっていた。1,あからさまに金がほしいヤクザ、2,家庭持ちの賄賂警官、3,学生運動の生き残りの社会に怨念を抱く者。そして、「3」の、この学生運動崩れが、知識人的というので、事件のブレーンとなる。脅迫として現金を稼ぐか、企業のイメージを落とし、株価操作で稼ぐか。そして、学生運動生き残り組は、社会や警察権力への恨み晴らしが目的で、金は二の次だった──。
 この作品も、緻密なミステリーに仕上がりながら、テーマは、『三島由紀夫 V.S.東大全共闘』のように、結局頭でっかちな権力への恨みが、令和において破綻し、現実には罪のない犠牲者を作ってしまったことを明確にしている。それが、今回は、犯人グループの脅迫に声を使われた子供3人である。うち、15歳女子と8歳男子は姉弟で、もう1人は彼らとは関係のない5歳(?)だったかの男児だった。その男児が、星野源演じるテーラーを営む、ごく普通の男性である。彼はひょんなことから、天袋にあった亡父の遺品から自分の声が吹き込まれたカセットテープを見つける──。そして、べつの方向から、その事件の取材を始めていた新聞記者の小栗旬と出会うことになり、二人して事件を追っていく。父親のテーラーを継いだ星野源は妻と幼い娘と幸せな生活を送っていたが、あとの2人、何も知らず現金の受け渡し場所の文章を読まされた姉弟は、悲惨な人生を送らされた。そういう人々の消息を丹念に追って、ジグソーパズルのピースを完成していくように、ミステリーを解決していく。
 テーラー役の星野源の演技を初めてみたが、集中力がすばらしく静かな台詞にもリアリティがあり感心させられた。
 思えば、60年代の後遺症を引きずっていた時代だったと、今わかる。