現象の奥へ

【詩】「舟の上に生涯をうかべ」

「舟の上に生涯をうかべ」
 
私の詩作は中学時代か
野ゆき山ゆき海辺ゆき
と、親に買ってもらった詩の本を
暗唱することから始まった。
或る詩誌に投稿し始め、
石原吉郎という詩人に評価をもらったが
その人がどんな人なのか知らなかった。
それは十代の終わりの頃だった。
それから二三の同人誌に誘われて
詩作を続けたが、詩に対する興味を失った。
それから小説を書き商業誌に四作掲載された。
そして長い間、詩のことなど忘れていたが、
二十数年前にインターネットを始め、
つい五年ほど前か、また詩を書き始めた。
それはネットで詩を発表している人々がいたからだ。
しかし、過去の詩を読み返すことはついぞない。
「外形の美しさを作るのに急」な古代、中世詩。
「言語による音楽、乃至は工芸たるに傾き、感情の赤裸々な表白は、詩の調和を破るものとして、むしろ避けられる傾向にあった。またその楚辞は大まかであり自然と人事の細かな陰影を伝えるには、困難であった」
杜甫の出現によって、
詩は近代へとつなげられることになった。
飛躍的に細密となった。
絶えざる自己否定によって。
AD七七〇年、湖南の舟中にて
五十九歳の生涯を閉じる。

舟の上に生涯をうかべ
 
****

括弧内は、吉川幸次郎全集(筑摩書房)第十二巻よりの引用