「伊藤野枝」
鹿児島から出てきた女だと記憶している。
大杉栄のことを、
「しぇんしぇー」と呼んだとか。
大杉栄は口臭が強くて
などと書いたのは、瀬戸内晴美だ。
『美は乱調にあり』という小説で。
題名は、大杉栄の言葉である。
「美は乱調にあり、快調にはあらず」
そして、宮本研の『美しきものの伝説』では、
暗い舞台にぽっと白い花が咲いたような日傘があらわれ、
それが伊藤野枝なのだった。
二人の死体は井戸の中に捨てられていたそうである。
幼い子供も。ふたりに子供があったかどうか知らないけれど。
そう、私はなにも知らない。
ただ、脳裏に白いパラソルが
パッと咲くのみである。
惨殺されたベアトリーチェ