現象の奥へ

【詩】「伊藤野枝」

伊藤野枝

鹿児島から出てきた女だと記憶している。

大杉栄のことを、

「しぇんしぇー」と呼んだとか。

大杉栄は口臭が強くて

などと書いたのは、瀬戸内晴美だ。

『美は乱調にあり』という小説で。

題名は、大杉栄の言葉である。

「美は乱調にあり、快調にはあらず」

そして、宮本研の『美しきものの伝説』では、

暗い舞台にぽっと白い花が咲いたような日傘があらわれ、

それが伊藤野枝なのだった。

二人の死体は井戸の中に捨てられていたそうである。

幼い子供も。ふたりに子供があったかどうか知らないけれど。

そう、私はなにも知らない。

ただ、脳裏に白いパラソル

パッと咲くのみである。
 

惨殺されたベアトリーチェ