「蘭を焼く」
たしか瀬戸内晴美時代の作に、
「蘭を焼く」なる作品があった。
官能的な作であった。
それから、「男遊びは散々したので未練はない」と今東光指導のもとに、天台宗僧侶の修行をし、
得度した。ほとんど語られないが、それなりの、
厳しい修行であった、と思う。
そして、気がついてみたら、人生相談の僧侶兼作家になっていた。
著作は四百冊を越え、死の直前まで、闘病記を小説に変えた、
「いのち」と言う作を書いていた?
平塚らいてうの年下の恋人との性愛シーンで、
ペパーミントの酒か水かを
口移しで注ぎ込み場面があり、
いつまでも記憶に残っている。
氏の関心は官能にあったと考えられる。
愛でも恋でもなく。しかし、
官能は、仏教の用語にあるのか?
ほかの宗教の用語にあるのか?
それは
言葉にならない場面
そのように
一読者は記憶している。
ただそれだけのことを
今日のNHKの特集で思った。
氏はモンブランの万年筆で
黒いインクで、
さらさらと原稿用紙に書き込んでいく。
達筆である。
まるでペン先が紙から浮いているように見えた。
それでも文字になっていく──。