現象の奥へ

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』──映画はなんでもできる!(★★★★★)

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(ウェス・アンダーソン監督、 2021年、原題『THE FRENCH DISPATCH/THE FRENCH DISPATCH OF THE LIBERTY, KANSAS EVENING SUN 』)

 世界でいちばん新しい映画といえば、本作であろう。雑誌という二次元が、三次元に転換されている。解説では、フランスの架空の街とあったが、60年代の雰囲気ただよう「おパリ」の雰囲気濃厚なザッシを、アメリカのカンザスに「移植した」「別冊」という趣なんだろう。それにしても、映画といえば、紋切り型の物語があってしかるべきと、頭にはめ込まれているお馬鹿さんたちは、「わけわからん」と言っている(爆)。まー、なんで観たんでしょうかね〜?(笑)それすら予測がつかなかったんでしょうーかねー? 確かに『犬が島』は、まー、アニメタッチで比較的わかりやすかった、とは言える。しかし、ウェス・アンダーソンは、ずーーーっとこのスタイル(「物語」を異化していく)なので、ちまたに溢れているようなドラマなど作るわけがない。バスキアの絵画(!)(200号くらいの油絵が主流)をみて、伝統的絵画と違うといって怒っているみたいなものか。

 ウェス組の俳優たちが、惜しげもなく自由自在に遊んでいる、そして、真剣に演じている。007ガールのレア・セイドウも、ボンド相手では、おとなしい女子であったが、本作では一癖も二癖もあるキャラで、惜しげもなく、フルヌードを晒している(遠目なのでか、カヴァーされていない)。しかし本作で圧倒的な存在感を示しているのは、レクター博士の画家版、ベネチオ・デル・トロである。この囚人の描いた絵が、かなりの本格派で、富豪の画商の、エイドリアン・ブロディも、本格解説をしている。芸術といい、料理といい、政治といい、一見遊んでいるかに見えながら、語られているのは本格的な内容なのである。エドワード・ノートンシアーシャ・ローナンなど、かなりもったいない使い方をしている。

 ……というわけで、映画はなんでもできる、という哲学を示した本作は、21世紀、新型コロナ時代の傑作ながら、なぜか、リュミエール兄弟が、1895年に撮った、世界初と言われる映画『工場の入り口』(観ている)を思い出したナ。