「椅子」
オクタビオ・パスの、「あらゆる詩に共通する唯一の特徴は、画家の絵や大工の椅子と同じく、人間の作り出したもの、作品であるということである」*
という記述を読んで、父が作った椅子を思い出した。
父は「大工の修行をした」というのが得意だったが、実際は、木工所で働いていた。
それで、自作の椅子を作っていた。
木のところはきれいに磨かれつるつるし、座る部分はビロードのような布で張った、
わりあいりっぱな椅子だった。
それがいつも家にあり、あたりまえの風景だったが、
バランスが悪く、よく倒れた。
私は、弟が昼寝している額の上に倒してしまって、
はっと、弟は目を覚ましたが、また寝てしまった。
しかし、その後、弟の額に傷が残った。
弟はとくに痛がるふうでもなかったが、私はその傷を見ると椅子のことを思い出した。
父は詩の代わりに、椅子を作ったのだ、
と、やっと知るのだった。
(*オクタビオ・パス『弓と竪琴』、牛島信明訳、国書刊行会)より引用)