現象の奥へ

【詩】「遺書」

「遺書」


遺書といって思い浮かべるのは、

服毒自殺をした芥川龍之介の枕元にあった遺書である。

自分の全集は岩波から出してください。

とおねだりばかりで、肝心の妻へは、自分の死後の事務的な処理の依頼。

死んだのは、ある夫人と恋仲になり、いろいろ追い詰められ、面倒になったから、らしい。
つまり、不倫関係が。
いまの芸能界ではよくあることで、誰もそのために、

死を選んだりしない。

お願いどおり、全集は岩波から出て、そのなかに、例の遺書も収録されている。

ここには陰惨なことはなにもなく、

実にあっけらかんとしている。

遺書もまた文学であり、

なめらかな紙の全集に入れば、

具体性を喪失して、時のなかで輝くばかりである。