現象の奥へ

『L.A.コールドケース』──やっとアメリカも「地味」の意味を知るに至った(★★★★★)

『L.A.コールドケース』(ブラッド・ファーマン監督、2018年、原題『CITY OF LIES』)

 

 ジョニー・デップは存在自体が派手で、どこにいても、どんな役をやっても目立つ。4年前に完成した映画だが、公開は今年となっている。動きも、展開も地味であり、解決のカタルシスもない。ラップスターの殺害は珍しいものでないと言えるかもしれないが、二人となるとハナシが違ってくる。なんのための殺害か? 動機はなにか? 正直いって、オハナシが見えない。ただ、元刑事のデップが刑事をやめてからも追いかける。それほどの熱血漢には見えないが、とにかく追っている。定年の年齢であるが、年金がもらえる二年前にやめた。やり手のジャーナリストもその事件を掘り出すべく動く。こちらは目立ちたがり屋。それを、エキセントリックなホレスト・ウィテカーが演じる。やがてこの二人の人生が絡み合いながら浮き出る。デップの地味な誠実さに、ウィテカーが惹かれていく。

 結局、なにもわからない。得てして人生とは、社会とは、世間とは、そんなもの。アメリカも、やっと「地味」の意味を知るに至った。