現象の奥へ

「花」

「花」

幼いころ、私は恐れた。真夜中に花は私を
じっと見つめているのではないかと。あるいは、
走り回って、げらげら笑っているのではないか。それでずっと起きていて、
ある真夜中、花の中をのぞき込んだ。案の定、
そのなかからじっとこちらを見ている顔があった。
それは今度団十郎になるという海老蔵の顔であった。
たしかに、彼には「花」がある。
私はまた恐れた、彼はほんものの花になってしまうのではないかと。
ひとは妄想を越境するときにだけ、他者を理解する。
花という淫らな結節点を通して。
その根っこに、先代の海老蔵がいて、四谷怪談は四十七士の裏狂言
仇討ちから外れた男が見た妄想なのだと、
笑っている。そんなことも知らないお馬鹿な不倫カップルが、
同じ目に遭うのではないかと人ごとながら、花を見るたび恐れている。