現象の奥へ

【詩】「寅さん」

「寅さん」

寅さんは毎年、映画のはじまりで、どこかから帰ってくる。笠智衆のお寺の坊さんが門前で掃除をしているところに現れ、
「ああ、ことしもトラが帰ってきたか」
と言わしめる。
この、あまりに大衆的すぎる映画を私は何度も見たわけではないが、
その「パターン」は黄門様の印籠より素直に頭に入る。
大衆は、「パターン」を好む。私の母と弟は、いくつものバージョンの黄門様を見ている。バージョンごとに、黄門様役は違う。
寅さんは、テレビの「男はつらいよ」だったかな、「泣くな……」なんとかだったかな、単発の番組から始まった。
主役の渥美清は、赤テントも観ていた、のを知っている。
早世してしまった。
世の中には、難解なタイトルや「シュールな」ストーリー展開の映画が「偉い」と思い込んでいる人々もいる。
しかし、昨夜NHKで、白髪の山田洋次監督が、哲学的なことを語っていて、
それが、いとも簡単に、寅さんが映画のなかでしゃべっていた。
エンターテインメントの極意とはそういうものである。
十年以上前に、私を同人誌から拾ってくれた大手出版社の編集者が言った。
「あんたは日本語がだめだ。作家になりたければ、この日本語をなんとかせな。もうひとつの道は、エンターテインメントを極めること」
渥美清は死に、その編集者も、おそらく墓の中。
いまだネットでばかにされている私は、
ひとり、エンタメを研究している始末だ。