現象の奥へ

【詩】「時間の入れ歯」

「時間の入れ歯」
ウィーンにおけるフロイト最後の日々を描いたあの映画の一場面に、
「あ、おとうさま、入れ歯がズレてますわ」と同じ精神分析医になった娘が、父の入れ歯を直す場面があった。
事実フロイトは癌のために大幅に上か下かの顎を切除する手術を受けていた──。と読んだ時から、私はフロイトの写真の口元あたりをじっと見つめるのだった──。その写真の中に母方の祖父の面影を見た(その祖父とは血のつながりがなかったが)。あんなふうに面長だった。そして、いっしょに食事をしたときなど、ご飯を食べ終わると茶碗の中にペッと入れ歯を吐き出してお茶を注いで洗い、また器用に口中に収めるのだった。ときに夢は、ソシュールの言語理論に支配され、それじたい、散文的なものとは言えない。しかしてベルクソンは、言うのだった──。
「ときにクローチェくん、私は、恥ずかしながら、ヘーゲルというものをまったく読んだことがないんだよ」
火と城壁とが死に対抗できる
と、始皇帝は考えた。そして自分の名前に、
「始まり」を入れた。

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