現象の奥へ

さすがアメリカ!

「さすがアメリカ!」

 

エグゼクティブ・オーダー(Executive Order)(大統領令)なるものがある。アメリカ合衆国大統領が連邦政府の機関や軍に対して発する行政命令のことで、議会の承認を必要とせず、大統領の権限のみで法的拘束力を持つ指示を出せる。主な目的は、 

  • 行政機関の運営: 連邦政府の業務や組織の運営方針を指示する。
  • 法律の執行強化: 議会で可決された既存の法律を、現場でより効果的・迅速に実施するための細則を定める。
  • 政策の迅速な実行: 緊急事態への対応や、議会で法案化するまでに時間がかかる政策課題(環境、移民、経済対策など)を独自に推し進める。 

 

 トランプが二次目の大統領になった時、膨大な数のエグゼクティブ・オーダーを出して、まさにアメリカは、乗っ取られ感丸出しだった。

 

 「アメリカで生まれたら、即アメリカ人である」という法律「「出生地主義(出生市民権)の制限目指す」というのも、トランプのエグゼクティブ・オーダーだったが、つい最近(2026年6月30日)。アメリカ合衆国最高裁判所がそのエグゼクティブ・オーダー(第14160号)」に、憲法違反とする判決を下した。

 

 やっぱ、すごいなー、アメリカ。三権がちゃんと独立している。民主主義が骨の髄まで染みている。どこかの国みたいに、「国の象徴」の跡継ぎ問題に大騒ぎ。とくに、現実からかけ離れ、教科書ばっか読んでいる「学者」が示した「養子案」。男子天皇は2000年も続いているからと。それなら、確か、天智天皇の母親は、朝鮮半島出身。養子は、朝鮮半島からも、募ったらどうだ?(笑)

 

 

 

 

【ゴダールより始めよ1】

【ゴダールより始めよ1】

 

「ぼくはまた、より主観的な批評を書き、そのなかで映画のエクリチュールを作り出すということをし始めてもいる。書くということは映画を作ることだったんだ。そして、ぼくらのものだったこの独創的な発想は、あのあとはまだ再発見されてもいないんだ。」(『ゴダール全評論・全発言Ⅰ(1950-1967)P9より



望みの綱の国会議員、長妻昭

「望みの綱の国会議員、長妻昭」

「金曜日から寝てない」を、鬼の首を取ったように国会で自慢し、威嚇に使うオバサンが国の経営をしている国をどこが相手にする? 白人男性と見れば、「いぇーい!」と勝手に盛り上がり(爆)、ほかの内容にはついていけず、不自然なお口全開笑いの、国際的なコンサートでさえズレまくることし必定のノリ(笑)の、こんなオバハンが……。これだけ見ても???なのに、それをもり立て、利用しようとしている怪しげな集団。日本維新の会と、国民民主党の、どっちを選ぼうか、考えている睡眠不足オバサン。彼女を利用しようと虎視眈々と狙っているのは、「数が足りない」のが「(われわれにとって)救い」の「維新」と、「数が多い」ので「(われわれにとって)ヤバい」の「玉木の国民」(玉虫自在の要注意人物)。
 問題は、「個人情報保護法改正」である。アメリカ、イギリス、フランス……など「列強」と逆行している。以前は、なんでも追随していたが、それでよかった。と、思える今。このオバハンの「強い国へ!」の妄想が、国民ひとりひとりの「個人情報」が風前のともしび。
 ついでに、消費税なんかなくて当然の経済論理を、無視して、恩着せがましく「1%は、2年で止めます!」なんだ、これー?!
 ただでさえ、そう強くない頭が睡眠不足によって……

 まあ、最低、外国の要人に接する時は、新旧約聖書、シェークスピア、などを、さりげなく引用してほしいですね。どうせ、『源氏物語』(この論文に関して、ドイツ人のりっぱな学者あり)も読んでない。

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参考文献↓

「報道1930(BS-TBS)」2026/6/23(火)

いま個人情報が危ない?
国会で進む“保護法”改正
AI開発で同意なく提供?

  • 穴だらけ?個人情報保護法改正
    氏名や病歴が同意なく企業へ?
  • 維新・吉村氏が総理に直談判?
    “肝いり法案”成立の行方
  • 2年間は食料品消費税は1%
    “実質ゼロ”を掲げる案に問題は?
  • 「比例45」削減は“野党潰し”?
    終盤国会で渦巻く “静かなる政局”

GUEST

長妻昭(中道改革連合 衆院議員)/ 久江雅彦(共同通信 編集委員)/ 佐藤千矢子(毎日新聞 専門編集委員)


宗教という名の毒薬

【リブログ】「宗教という名の毒薬」(20260623)(オリジナル20260405)

『ISRAEL’S WARS─A history since 1947』は、イスラエル軍部にいたが、嫌気がさし、ロンドンへ移住し、戦争学などを研究する学者となって、イスラエルを客観的に批判的に叙述するアーロン・ブレグマン氏の主著と言っていいものである。
 パレスチナからの統治を終え、手を引いたイギリスに代わり、国家をうち立てるべく奮闘していくイスラエル。しかし、1977年に、右派への政治転換が起こり、現代まで続く。パレスチナは「すべて」われわれのものであるから、中東諸国民は出ていけ! レバノンもイランとの徹底交戦も辞さない、どこまでもやる、といった政治信条を掲げている。国内は、昔からの信条を守る人々と、どこまでも強行に戦う派と二分されている。
 単に宗教といってみても、昔からの旧約聖書に端を発する素朴な信心と、どこまでも強硬になっていく派とに分かれている。イランに、革命防衛隊があれば、イスラエルにも似たようなものがあり、戦いの中心になっている。アメリカにも、福音派があり、日本韓国には、「統一教会」が「潜んで」いる。オウム真理教もあった。創価学会もそうである。これらは、それほど凶悪でなく、穏健な集団も、暴力や犯罪とは関係ない集団もあるだろう。しかし、何かを「信じ」、その信心を中心に活動する、ゆえに宗教なのである。
問題は、国家をも自由にしようとすることである。
 フランスでは、laïcité(ライシテ)=政教分離が徹底されており、公立学校で、頭にスカーフをまとうことは禁止されていて、その禁止を守れという学校側の忠告に従わない場合は、退学処分になったりする。NHKのドキュメンタリーで、そういう生徒が泣いている場面をみて、ちょっと厳しすぎるかなー?と思ったりしたが、イスラエルなどの現状を知ると、陸続きに外国がある国々では、もしかしたら、そこまでする必要があるのかもしれない。

 現在のネタニヤフ首相は、強硬な宗教一派に支えられ、本人も、そういう強硬な世界観(パレスチナはイスラエルのもの。よそ者(そちらの方が代々住んでいても)を追い出すのは当然だ)の信条をもとに政治を行っている。むしろ、政治=戦争といってもいいくらいである。
 福音派に支配されるアメリカも、実は似たようなものである。
 一方で、世界を動かす力として、「経済」がある。これと、「宗教」をどう整理するか。それが難題である。



 

『ゴッドファーザーⅡ』

『ゴッドファーザーⅡ』(1974年、アメリカ)フランシス・フォード・コッポラ監督脚本)「午前10時の映画祭」)──映画史上に残る名作(★★★★★)

このシリーズは、すでに見たつもりが、結局、劇場でまともに見ていない。というのも、公開当時、映画を継続的に見る習慣がなかった。やはり、歴史的傑作を見ておかなければと、「午前10時の映画祭」を利用して見た。あいだに「休憩」をはさんだ3時間超の映画。ふるびたフィルム。美しいはずのシチリアの風景も陳腐で田舎くさい。実際はこんなだったかもしれない。
 イタリアのド田舎。百姓たちを牛耳るドンがいる。情け容赦ないヤクザである。そのドンに逆らった男が殺され、その男の葬儀に、男の妻と息子がまた殺される。──天涯孤独なった少年がニューヨークへわたる……。
 無邪気なあどけない少年が、周囲の配慮で、見知らぬ国へ逃れる──。その渡った街にも、同民族のヤクザがおり、移民たちを支配している──。
 少年は、成長しながら、商売を覚え、同人種のドンに対抗するすべを身につけ、自らが「ドン」になっていく──とくにイタリア系といわず、どこにでもあるハナシである。とくにイタリア系のこの映画を美しいものにしたのは、最初の少年だった「父」ロバート・デ・ニーロと、「息子」、アル・パチーノの、すばらしい美しさである。二人は親子役で。よく似ている。二人とも、当然ながら「今」のご老体とは似ても似つかない(笑)。それどころか、スターになって油が乗っている時期ともかけ離れている。無名とは言わないが、どこか無名性をまといつかせた美しさである。
 それを、コッポラは、長編小説の自由な時間の並べ方の配置と語りで、堂々とした映像的作品にしあげている。ドイツのローランド・エメリッヒ監督にも影響を与えた、歴史的な物語を堂々と真正面から撮っていく、しかも、ひとりの主役のための物語ではなく、複雑な関係、階級、社会、権力の崩壊と再生など、世界を多角的に描き、しかも構図はきちんと整っている。マフィアのドンとなっていく一人の青年の、微妙な心の揺れだけでなく、社会全体が惑星として回転していく姿を描いているところが、エメリッヒも評価する、映画史上有数の傑作となっている。近頃は、もうこういう余裕の大作はなくなっている。

【詩】「詩から遠くはなれて」

【詩】「詩から遠くはなれて」

 

ときに詩に関しては、どんなに高名な学者のセンセイでも

その訳は、テキトーということがままある。あるいは、

訳しすぎ。どうせ

読者は理解できないと思って、作者の詩人の詩に、自分の

感性

のようなものを混じらせる。その

合わない味噌の混合のような

滲んだ感性の詩を

読まされる方はたまったものではない。

透き通ってシンプルな

ボードレールの詩が、どろどろと

日本的感性の入り混じった

文字の塊になっている──。

彼女は友人の、

パリ警視庁警視のダニエルに言った。

理解できないようだった。なぜなら、

日本語を知らない。でも彼の名字は、

ボードレールといい、あの偉大な詩人

ボードレールの子孫だった。彼は

偉大なご先祖を、「グランパ」と呼んだ。

どれだけ世代が離れているか知らなかったが、

ルーブル美術館の地下倉庫だった

棺がいくつも並べられていた

「グランパ、ぼくの友人がそんなふうに言ってるよ」

「わかるよ」

と偉大な詩人のボードレールは言った。

「わかる? だってグランパは、日本語知らないだろ?」

友人の方のボードレールは先祖に言った。先祖は答えた。

「テキトーでいいんだよ、詩なんて」

「だって、おれの友人は、詩の訳について、細かいゴタクを並べているよ」

「それもテキトーだ」

時は夜

やがて棺はNYの

メトロポリタン美術館に向けて送り出される

ミイラ展のために

パリを逃れたいCIAの

彼女の夫のために

入れ替わる。