現象の奥へ

【詩】「ジェノサイド」

「ジェノサイド」

ヒトラーの『わが闘争』を読むと、

最初のユダヤ人への嫌悪は

匂いである。

生理的なものはどうにもならない。

理性はまったく役にたたない。

どこから来るのか、この憎しみ。

しかして、異なものすべて、民族のすべてを

消そうとする。その存在が許しがたい。

しかしそれは、「認定」されねばならない。

そういう事実があっても、国連のような公式機関が

「認定」せねばならない。

ブラックホーク・ダウン』というソマリア

紛争をアメリカ軍が鎮圧に向かい、

予想に反して米軍に、大量の犠牲者を出してしまう映画で、

最初に、サム・シェパードの将軍がいうのだ、

ソマリア人の「ビジネスマン」に向かって。

「内戦というが、これはジェノサイドじゃないのかね」

シェパードの抑えた言い方に

そのすべてが表れている。

それは骸(むくろ)のように、

ある日、土のなかから掘り返される。

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『anan(アンアン)2021/9/29号 No.2267[美乳強化塾2021/倉科 カナ]』──「多様性」とは真逆の恥ずかしい思想(★)

『anan(アンアン)2021/9/29号No.2267[美乳強化塾2021/倉科 カナ]』(2021/9/22、マガジンハウス刊)

かつての月亭可朝の「ボインは、赤ちゃんのためにあるんやで〜。オトーチャンのためにあるんとちがうんやで〜♪」という歌を思い出した(笑)。誰もが、健全な肉体を持っているわけではなく、病気で切除しなければならないひと、老齢で「垂乳根の(母が吊りたる靑蚊帳の〜)」のひとの存在をなんと心得うる!

「多様性」と真逆の思想で恥ずかしいかぎりである。

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『MINAMATA―ミナマタ―』──デップ入魂の一作(★★★★★)

『MINAMATA―ミナマタ―』(アンドリュー・レヴィタス監督、2020年、原題『MINAMATA』)

 

ジョニー・デップが『MINAMATA』のユージン・スミスを演じると知った数年前からずっと待っていた。映画は役者によって100%決定される。ゆえにハリウッドのスターは高額のギャラを取り、それだけの価値を提供する。あるときはまったくの無名の俳優がぴったりの役でいっきょにスターになることもあり、あるときは、まったくのミス・キャストで、駄作の刻印を押されたまま人々の記憶から消えていく。

 本作は、なるほど題材は七十年代の公害であるが、それを今さらながらに「告発」することが目的ではない。しかしながら、作品のエンディングに次々紹介される世界の「公害被害」の写真は、いまも、「環境汚染」というイデオロギー的用語と勘違いしている向きのあるなかで、ユージン・スミスや「Life」誌が「ひとめでわかる」形で世界中に「告発」してきた内実がある。

 無冠の帝王ジョニー・デップは魂がむきだしの俳優で、報道写真家魂とはなにかを体現していく。迎える「Life」誌の主幹役のビル・ナイも報道の仕事に携わる人間の心意気を示して快い。一方、いまは失われてしまっている、水俣の住民たちを、被害者を家族を、ひとりひとりていねいに描き出し、美しい水俣の風景(当然、撮影に使われた場所は違う場所かもしれない。しかし、そんなことは映画のお約束である)を描き出す。住民たちと生活をともにし、ユージン=デップは、土地の魂と汚された事実を丹念に追っていく。いま映画に必要なのは、こうした丹念さである。真田広之の熊本弁も堂に入って、これほどまでに魂がこもった熊本弁は、『緋牡丹のお竜』の藤純子以来である。デップ入魂の一作。

 

【模写】レオナルド・ダ・ヴィンチ『洗礼者ヨハネ』

 

 

『スイング・ステート』──このテの映画はもうオワコン(★)

スイング・ステート』(ジョン・スチュワート監督、2020年、原題『IRRESISTIBLE』)

 

まったくどこが「コメディ」なのか、アメリカの選挙の代理戦争のような、参謀しだいのような、日本ではあまりなじみがない……といいたいが、だんだん「それに追いついてくるような」日本の状況であるような気がするが、追いついたときには、すでにしてオワコン。

 とゆーか、NHKの新しく始まったドラマ『オリバーな犬、(Gosh!)バカヤロウ』の脚本監督のオダギリ・ジョーが、いみじくも言っていたように、「日常を拾い、それが面白いのはテレビだ。映画では、ズレてしまう」。そう、もうみんな映画館へはいかないし、おおぜいで「ドラマ」を共有できるのはテレビなのだ。それにしても、『オリバーな犬……』は、抱腹絶倒前衛ドラマである。これを見ずして、ドラマを語るなかれ!

 で、本作、アメリカの選挙の裏話なれど、どこが面白いか、まったくわからず。いや、わかってはいるが、クスリともできない。そんな時代になってしまったのである。ブラピが制作というが、まあ、ブラピが主演なら、それなりに見られたものになったかもそれない。しっかし、おバカになりきれない「カメレオン俳優」(死語(笑))のスティーブ・カレルじゃ、かえって、面白さをそぎ取っている。そーゆー映画。はい、ゴクローサン。


 

【詩】「影」

「影」
 
胴体を失ってしまった浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)は、
本居宣長に出会い、
「どれでもいいから、胴体を選びなさい」
と言われた。さまざまな胴体の並ぶ
クロゼットのような場所に入って
内匠頭は胴体を選んだ。
「おお、それを選んだか!」
と言って宣長は満足そうに笑った。それは、
ジャーン!
筋肉もりもりのシュワちゃん
ターミネーター姿のものであった。
そして二人は真っ暗な
鈴ヶ森をゆく。
ここでは、魂たちが舞っている。
「せ、せんせい!」
浅野は宣長への愛に溢れ宣長を抱きしめようとした。
「やめなさい。われわれは日本人だ。きみの胴体が外国人になってしまっても。それに、きみは影にすぎない。私もね」
 
《Or puoi la quantitate comprender dell'amor ch'a
te mi scalda, quand'io dismento nostra vanitate
trattando l'ombre come cosa salda》.
 

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