現象の奥へ

【詩】「バルト『表徴の帝国』」

「バルト『表徴の帝国』」

自室の
足下に落ちていた、
バルト全集第三巻、
ポストイットを引っ張れば、
L'Empire des signes
ひょうちょうのていこく
すばらしき訳なり。
きごう、というより、むしろ。
ひょうちょうのていこく、
とくりかえす。
ひょうちょう。
「テクストは写真を説明しない。写真はテクストを説明しない。それぞれは私にとって、」
ひょうちょうのていこくへの
出発にすぎなかった。
めくれば、
武将姿の舟木一夫
さらにめくれば、
「無」という筆の文字。
さらにめくれば、
色とりどりの和紙に書かれた文章。
雨、種子、散布。
そのとなりは、
くずれた能面。そして、
Pachinko
父に連れられて馴染んだ景色。
Opaque
おぱっく。しばらしい響き。
おぱっくのくに。
おぱっく、不透明な、
そのくにに死ねるしあわせ。
ぞうもつはとけ、
ほねだけがまさに、
象牙色にしずんでいる。
弟が新しく作った父の墓。やや東を向き、
いつも朝日があたる。
「はるちゃんもこの墓に入るといいよ」
と母が言う。
すでに入る墓のある私。
むっしゅう、ばると。
そういうことです。