現象の奥へ

 『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け 』──スカイウォーカーの宇宙(★★★★★)

 

スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け 』(J・J・エイブラムス監督、2019年、原題『STAR WARS: THE RISE OF SKYWALKER』)

貴種流離譚の鉄則を踏んで、みなしごのレイは、姫であった──。出エジプト記宇宙編とでも言おうか。しかし、主役は女。フィンランドの政党の党首はすべて女性で、当然首相も女性。女性の世紀に倣っているようで快い。思えば、なが〜い物語であった。40年の間には、現実のテクノロジーが映画を超えてしまった感がある。ルーク(この名前の犬が多かったことよ! 16年前は(笑))とレイアの双子物語、ハン・ソロの登場、R2、チューバッカ、オビワン・ケノビ、ダース・ベーダ等々。もしこの世界に、彼らがいなかったら、なんと寂しいことだろう。『スター・ウォーズ』は常の「祭り」であった。ロング・ロング・アゴー、銀河のどこかで起こった戦い。それは、ライト・サイドとダーク・サイド、魂と肉体の戦いであったとも言える。そして、魂が勝った──。それを「スカイウォーカー」という。しかしこれは、あくまでスカイウォーカーの宇宙観だ。宇宙はこの映画の無数倍広い。
 このサーガは、途中からディズニーになってしまったが、それもスカイウォーカー的世界観であろう。私は疲れた(笑)。そして年老いた。
 まあ、よくできていたのではないかと思う。セイバーに焦点が当てられ、その扱いが洗練されたいたデイジー・リドリー。バランスのとれた身体と中性的な雰囲気。カイロ・レンこと、アダム・ドライバーとのキスシーン。いいんじゃないでしょうか。これは一大恋愛ものと見た。そして、レイアとルークのセイバー(武士の刀のような存在)を砂に葬るレイ。通りすがりの老婆に名前を問われ、「レイ」と答え、「レイ……なんというの?」とさらに問われ、本来の帝王の家系の名字を言うこともできたが、丘を振り返ると、レイアとルークの幻が現れ、決意を持って「レイ・スカイウォーカー」と名乗る。歴代スター総出演。めでたしめでたし(笑)。