現象の奥へ

【詩】「万葉集」

万葉集

 

「現在が過去に倣うのと同様に過去が現在によって変更されるのを別に不思議に思うことはない」(T.S.エリオット『批評家の仕事』(1923年)、吉田健一訳)


「そして批評家の仕事も、本質的に秩序の問題であると考えられる」(同上)


万葉集」と呼ばれるテクストは、その成立に、聖書ほどではないにしても、400年の時間が流れている。(西暦)300年代から700年代までの時間はどれほどであったか──。


その奥義は、水戸家に伝わる。

契沖はそれを見て、主著『万葉代匠記』を作成したが、

それはおもに、出典作成の仕事であった、

と推定され、これより、「新注」と呼ばれる。

一方、万葉学者、伊藤博氏は、その一首一首を個別に注釈する方法に疑問を抱き、

いくつかの歌をまとめた「歌群」とし、

物語としての注釈を作り上げた。

もちろん訓詁は厳密である。

はたして、この態度は、

21世紀から見ると、どうか?

契沖の方が、よりニーチェ的、フーコー

ではないのか? そして

論語』が

285年に

日本に伝わったとするなら、

われらのご先祖がまず最初に読んだのは、

中国の書物であった。


學而時習之、不亦説乎。(学びて時に之(こ)れを習う、亦(ま)た説(よろこばし)からずや。)