現象の奥へ

アドルノ『文学ノート』

TH.W.アドルノ『文学ノート』(三光長治他訳、イザラ書房)

「おのれ自身を理解していない思想だけが、本物である」

アウシュヴィッツのあとで、詩を書くのは野蛮である」

 『ミニマ・モラリア』に見られる有名なフレーズである。小林秀雄は、柳田国男のような、わけのわからない「仕事」を擁護した。それは科学ではない。科学というのは、イデオロギーだ。と言った。アドルノもまた難解な著作の森に分け入り、それを擁護しつづける。とりわけドイツでは不人気と書いている、エッセーという「形式」で。いま、この、ほとんどイデオロギーを思想、正義と勘違いし、侃々諤々、やりあっているマスコミ界、ネット界、「詩壇」(そういうものがあるとして)をアドルノが見たら、あるいは、独裁者たちが人の命など意にも介さずおのれの信じる世界制覇の欲望のために、日々、アウシュヴィッツに匹敵する野蛮が行われている世界を見たら、おそらく気が狂うであろう。われわれは、そういう時代、世界を生きている。いまいちど、自分の感じたことを正直に記述する態度を取り戻すべきだ。美辞麗句、おべっか、見栄、は、もう見たくない。