現象の奥へ

『ゴヤのファースト・ネームは』(飯島耕一著、1974年、青土社)

ゴヤのファースト・ネームは』(飯島耕一著、1974年、青土社

 A4判。装幀安藤元雄。しかしながら、安藤も、この詩集を理解していたとは言えない。装幀もよくない。発刊当時、私は大学生で、詩を書き始めた頃というか、なんとなく、書いていた。すでに、『現代詩手帖』では、選者の石原吉郎氏から高い評価を得ていた(笑)。それで、有名な同人誌数誌に誘われたり、いろいろな方から手紙をもらった。だからどーした? それがどーした? 結局、この詩集は、ベストセラーになったのではないか? もしかしたら、私も買ったかもしれない。今ここに写真を掲げているのは、Amazonで購入の中古品である。なぜ購入したのか? やっと、この詩が、理解できたのである。実に48年。遅い!(笑)。
 そして私家版ながら、この秋に出した拙詩集は、16冊目である。ネット時代になって再開してから。ネットというのは、詩を発表するのに向いている。誰でも手軽に始められる。
 しかし私は以前の詩集を再読することはない。前作への自己否定ゆえの16冊である。そして、今飯島耕一の詩を読んで思うことは、詩とは思想であるということである。そして、思想とは、おのれの状況と心とを見つめ、考え抜き、文章にすることである。そこにはおのずと、どこにもない唯一性と新しさが表れる。
 それが感じられるひとは、昨今では皆無に近く、昔もいたわけではなく、すべてが、勘違い、妄想……である。ある出版社が勝手に優劣をつくり、大御所も作った。大岡信の古い詩集も出てきたが、感想すら浮かばないひどさであった。谷川俊太郎も、手慣れた老人の手すさびであって、思想とは言えない。自称大御所の方々も(笑)いろいろいるだろう。その気になって、美辞麗句、妄想の印象批評を並べてなにか書いた気になっている。
 飯島氏は、外国に半年いるあいだは、詩を書きたいと思わなかった。帰ってきたら、書かずにはいられなくなったという。それは、『母国語』という、集中の最初に掲げられた詩のなかにあるように、日本にいるあいだは、「母」と「国語」にまとわりつかれ、どうにも自由になれなかった──。その苦しさを、じっと見つめ、作品にしている。当然それが作品であるかぎり、教養、感性、知識、文章力がいる。
 これから新しく詩を書こうというひと(老いも若きも)は、この詩集から始めたらどうでしょう? いつのまにか、いろいろなヒエラルキーイデオロギーを抱え込んだ、妙な詩人の流派というか集団がいくつもできている。それで賞を取るひともいる。しかし、思想を発露したものはない。思想家は「孤」であるべきだ。思想ではなく、勝手な思い込みが渦を巻いているだけである。
 お世辞、無視、排除、深謀遠慮、おべっか。こと詩人と名乗っている人々ほど、醜いやからはない。詩が真の思想なら、もっと一般の人々に愛されるはずである。たいていは、高い金を出して作った詩集を、自分がお歴々と信じる方面へバラマキだけである。70年代、この詩集を理解できず、少なくとも日本の詩は、違う方向へ行ってしまったのである。なんらかの意味で名前をなしてきた、「有名人」がみんな大好きなのである。
 と、詩集からは離れてしまったが、パッと読んでなにか美辞麗句の印象批評が言えるほど、この詩集は生易しくない。