現象の奥へ

【短編を読む】「横光利一『微笑』(四百字詰76枚程度)──死がまだ美しかった時代

【短編を読む】「横光利一『微笑』(四百字詰76枚程度)──死がまだ美しかった時代

 

 昭和23年1月に「人間」に発表されたが、横光は22年に死んでいる。終戦寸前の、秘密兵器開発に携わるある青年との出会いを描いているが、その青年は天才で、軍に特別の扱いを受け、殺人光線のような光線の開発に携わっている。若くして、軍の位の中尉となっている。話者=梶と、俳句の友人を通して紹介された、その青年との交渉が、内面的かつ心理分析的に描かれるが、その青年の微笑の美しさを強調したものである。青年の言うことは、庶民生活とはあまりにかけはなれていて、梶は、それは夢か狂気かと疑う。が、やがて、すべてのものが死に包まれていく。時代状況が、コロナ禍の今の時代と重なり合う。甘美な死の横顔。しかし、いまの時代、ここまで状況と精神を描出できる作家はいない。教養も文学力も足りない。せいぜいが、自分の生活の範囲を描写してみせるのみである。