現象の奥へ

『ペイン・アンド・グローリー』──男が男を愛する時(★★★★★)

『ペイン・アンド・グローリー』(ペドロ・アルモドバル監督、2019年、原題『DOLOR Y GLORIA/PAIN AND GLORY』)

 見ているうちに、自然に、『欲望の法則』(1987年)を思い出した。そしてそれはちょうど、本編で語られる、「32年前の映画」だった。男三人の、三角関係の物語。本編も、男三人が絡み合うが、恋愛の三角関係というより、一人の男が、ほかの二人を結びつける、再会させ、愛を確かめ合わせる役割を担っている。
 本編は、アルモドバルの自伝的な映画で、それゆえ、ディテールには深い思いが込められている。働き者の母の愛に包まれて過ごした子供時代。バルセロナで、洞窟のような家に住んだが、すでにして、夢に包まれていた。母の機転で、幼いながら、文盲の青年に読み書きを教えることになった。その教師ぶりのすばらしさ。作中では、サルバドールという名前ながら、アルモドバルは天才を発揮し続ける。既成の世界を、自信を持って変え続ける。ピカソを生んだ国民性を発揮して、生活を貫く、色彩へのセンスや、文学性が、巧まずして、本編を、ゴダールが頭を使った手法やテーマを、自然に表現する。すなわち、おのれ自身を。観念的になりがちなこのメタ・フィクションを、なんの苦もなく、ドラマチックな「芝居」に作り上げる。事実、本作では、主人公の世界的映画監督である、サルバドールは、小説を書き、それを自然に映画にし、また、舞台にもする。それらが自由自在に作り替えられる。しかし、「元」=おのれの記憶、追憶、感情などは、微塵も変えられていない。彼は悩む、いかに芸術を作り続けるか。実は、これがテーマで、しかも、そういう様子が、三人の男の感情の渦として描かれる。女、それは、母だけである。
 主演俳優との確執が、32年前から、サルバドールを傷つけていた。その心の傷は、体の不調と重なり、「今」の苦しみ(ペイン)となる。そういう状況を、ロゴやデザイン、色彩、フォントさえも使って、まさに自由に描くのである。そんなとき、既成の「映画」は、新しい「映画」に作り替えられていく。
 男が真剣に男を愛する姿をなんのてらいもなく見せつけられ、彼の世界に浸るしか、観る者はできないのである。これ以上に、知的な映画はない。
 それを、このうえない繊細な演技で、アントニオ・バンデラスが表現する。まさに、アルモドバルの分身なのだろう。功成り名遂げても、いまも、純な気持ちを保っているアルモドバルは、真の天才であると思う。その純情に泣けた。

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写真は6年前の夏の終わりに訪れたマドリッド

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