現象の奥へ

『その手に触れるまで』──複雑なキリスト賛美映画(★★★)(ネタバレ注意)

『その手に触れるまで』( ジャン=ピエール・ダルデンヌ リュック・ダルデンヌ監督、2019年、原題『LE JEUNE AHMED/YOUNG AHMED』)

 本作は、『息子のまなざし』(2002年)と、『少年と自転車』(2011年)に構造とテーマが似ていて、テーマは、少年である。『まなざし』(原題は『LE FILS/THE SON』(息子))の少年は、15,6歳で、中学卒業程度、『自転車』(原題『LE GAMIN AU VELO/THE KID WITH A BIKE』(自転車に乗った少年))は、10歳かそれ以下である。本作の少年は前二作のちょうど中間の13歳である。彼らは、それぞれに不幸を背負った少年で、とくに、『自転車』は、父親がいながら、その父親に、孤児院に遺棄されている。その少年に、なんの関わりもない、偶然出会った婦人が愛を与える。『まなざし』は、更生のために職業学校に入ってきた少年に目をかけ、愛を与える教師が、実は、その少年は、自分の子供を殺害した加害者だと知る。さて、それでも、愛を与えることができるか? 
  本作は、ヨーロッパ(とくに、ベルギー)におけるムスリムの世界を描いているが、根本にあるのは、キリストの愛のように思える。最後に少年が、殺害に向かった(二度目)女教師宅の屋根から、「都合よく」落ち、瀕死の重傷を負ったとき、被害者である、彼にずっと愛を与えてきた女教師が彼を救うために、救急車を呼ぼうとする──そこで終わる。汝の敵を愛せよ!である。
 そうしてみると、本作の複雑さ、手の込みようがわかる。もし、少年が瀕死のけがを負わなかったら、テロリストになっていたであろう。そういうことを、いとも簡単に見せてしまう映画である。
  ダルデンヌ兄弟監督は、一見ドキュメンタリー風に描きながら、その実、現実世界ではあまりあり得ない「事件」を挿入して、「物語」を作り上げる。最初は、それが新鮮に見えた。しかし、どうでしょう? 本作、自己模倣の感しきり。カンヌ映画祭で受賞した、「監督賞」というのは、原文は、Le prix de mise en scène で、正しくは、「演出賞」である。