現象の奥へ

『オッペンハイマー』(クリストファー・ノーラン監督)

オッペンハイマー』(クリストファー・ノーラン監督)

 

ノーランの作品は、倒叙形式が新鮮だった、『メメント』をはじめ、『インソムニア』『ダークナイト』『インターステラー』『ダンケルク』など、ほとんど見ている。この監督は、映像的手法の天才スピルバーグとは違い、いかにも「オッペンハイマー」なのである(笑)。つまり、映像によって成立する作品に、文学的なものを持ち込んでいる。それが、乾いたエンターテインメントに、フレッシュな感覚をもたらした。本作は、オッペンハイマーの伝記を映画化したものであり、テレビのワイドショーで、「広島の現実が描かれていないのは残念だ」みたいなとんちんかんな感想が大手を振っているのには、首を傾けざるを得ない。俳優陣は、イギリスの大物俳優や、アメリカのすでにアカデミー賞受賞俳優を、これでもかというほど投入している。トルーマン大統領は、なんと、ゲーリー・オールドマンである。主役のオッペンハイマーを演じたアイリッシュキリアン・マーフィーを最初に見たのは性同一性障害の女装姿である。それから、骨太な闘士とか自在に変化する役をこなしてきたが、本作はさておき、次回にどんな役を演じるか、早くも楽しみである(笑)。

 まー、そういうわけで、真正面から兵器としての原爆や、その使用の倫理性を描いた作品ではない。だいたい、相対性理論も理解しないで、よー原爆とか言うわ。アインシュタインの発見が基礎になり、兵器としての原爆への道を開いた、つまりのオッペンハイマーが応用した。そこのところの微妙さは、それこそまったく描かれていなかった。

 広島長崎の悲劇について言うなら、軍部は降伏に傾いていたのに、「もっと戦え!」と「自らの意志で」言ったのは昭和天皇である。吉田裕著『昭和天皇』に書いてある。昭和天皇は、幼少時より、民は天皇のために死んであたりまえという教育をされて育った。こういう資料は、実は、日本の宮内庁には存在しない。すべて核心に触れるような文書はアメリカに公開されてある。その点で、こないだのNHKスペシャル『下山事件』は、アメリカまで出向いてよく取材していた。