現象の奥へ

最果タヒ詩集『恋と誤解された夕焼け』

最果タヒ詩集『恋と誤解された夕焼け』(2024年5月30日、新潮社刊)

「鯉と誤解されたナマズ」なんて言葉がふいに口をついて出た、誰もいない海。
いい日旅立ち山口百恵さん息子さんの結婚式はどこ?
週刊誌記者がつきまとうから「放課後婚」(←本詩集所収の詩の題名)音楽がついてないから、アニソンにさえなれない。歌詞として使えるけどネ。ぼくは「ano」ちゃんを思い出したんだけど、世代的には、二世代くらい上ダナ、最果タヒさんは。「現代詩手帖賞」出身だけど、今は、「新潮」から詩集が「出して」じゃなく、「出されて」ます。はい、メジャーです。「きみの心音になりたい」(←本詩より引。全文引用してはだめよ、そこのオバサン)けど、だめだね、流れ星が睨んでる(ぼく(山下)のオリジナル詩句です(笑))出版社は変わっても、ブックデザインはずーっと同じ「雰囲気」。実際、同じデザイナーかどうかワカンナイ。調べるほどの興味なし。じゃあ、エントロピー増大のずーっと同じ金太郎飴的詩かな?ってゆーとそうでもない。少しずつ、「低学歴の若者には縁遠い単語が混じり始めてる」(Ex.「卿」「婚」「滅」……)あいかわらず、恋とか言っていて、若者の「ふりしてる」けど、もはや若者ではなくなっている。Z世代ですらない。詩人として、「手堅く」やっている。初出は「ネット」(主に短い詩)と『新潮』(主に長い詩)の半々ぐらい。100ページ足らずの本に、43編の詩。でも、短い詩ばかりではない。結構長い詩もある。もー、小林製薬のサプリみたいだ。なんかそう思うと、吐き気がする。このチョーシでどこまでやるんだろう? 何百万円も出して、詩の老舗「のふりをしている」出版社で、歌謡曲のようなイデオロギーの詩集を出すか。まー、その方がマシだろうな。少しは、同調してくれるひとがいるから。(一応)大手出版社で企画モノを出していない詩人さんたちは、誰もうらやましがっていない、どころか話題にすらしていない。帯に「好きだと思う瞬間、流れ星になる。」(笑)。さんざんポピュラーソングの世界で聴いたような文句。そのあと、「人間のあらゆる感情は美しい言葉となる。詩の沃野の最先端を疾走し続ける43篇」よーゆーわ(爆)。蓮實重彥の言葉だったか。「批評の文章は、批評対象に似る」。しかし、このカイシャの賞だったか、ナントカ賞を取っているのに、氏の著作は出てない。買い手というか、読み手が限られると思ったのか(出版者が)。実は、本詩集も同じようなものである。B6版(?)くらいで、100ページない。山下さんの詩集とほぼ同じ大きさじゃん。これかれは、このサイズが正しいと思うゾ。しかし、山下さんは、ブックデザインも自分の作品である。三沢厚彦氏に追随している。といったら失礼か。読めば読むほど気持ち悪くなるサプリの様な本。世間を意識して(「現実感覚」とは言わん)、「ボランティア」、「戦争」などという題名も散らしてある。1300円は安い。しっかし、誰が買うんだ、こんな本? (あ、オレか(笑))。Chan、chan〜♪