現象の奥へ

【詩】「ロリータ」

「ロリータ」


それは朗読するジェレミー・アイアンズのくぐもった声。

白いソックスの少女の幻影。

実態のない、ただの音。それから、

アルファベット。遠い記憶の、

ナボコフの講義の原稿。

ポルノグラフィーに隠された知性。

いつでも、人生に疲れた、萎えた感情を励ます、

温かくやさしい、初老男のささやき。

ロシア貴族の、実をいえば、ボルヘスと同年生まれの、

文豪。互いに無視して、一度も交えない視線の陰に、

生まれたきらめき。

ろ・りー・た。ろりた。

三音節の、音のなかだけにしか生きられない、

女神。



 

 

【詩】「新年の手紙2022」

「新年の手紙2022」

 

ねずみ、ゴキブリ、ウィルス、酵母

懐かしい地球の思い出。

たとえ人類がきみたちを忘れ、

きれいごとに走ろうと、きみたちのことを、

私は忘れない。

その昔、ゲイのイギリス人がいて、

性的自由を求めてアメリカに渡った。その昔、

ゲイのアメリカ人がいて、性的自由を求めて、

イギリスに渡った。はたして、どちらが自由だったのか。

希望とか愛とか未来とか、ごたいそうなことを

私は知らない。ただきみたちと、

惨めな生を分け合うだけだ。

それが私の、きみたちへの

新年の手紙。





 

 

【詩】「ロミオとジュリエット」

ロミオとジュリエット

 

炎のかげに潜む欲情を恋人たちは、

まだ知らない。

指と指がつくる門を

くぐれば罪が洗われる、お返しは、

もうひとつの口づけ。

二度と会えぬ死へと押し出される、

運命のきらめき。そう、わたしたちは、

そのカップルほど若くはなく、

弾丸が彼を貫いたとき、抱きかかえたのは私で、

すでにそのとき、断罪がなされていた。

彼はポケットのなかより、

指輪を出して、「手錠だ」

とつぶやいた。その刑事。

お許しください、神さま。




【詩】「王」

「王」

 

かつて、蛙であったもの、

小屋で窒息させられ、

少女とともに、餓死させられ、

それでも蘇るとしたら、

それは概念の合成で、王と、

神が、合体させられている。

人間を許し給え、伝説の濃さで、

歴史を塗り込めれば、犠牲の山羊が王としてよみがえる。

魔法使い、精霊、王、英雄、妃、

それしかいない。

そんなものがたりを、シェークスピア以外、誰が書く。

男をこれほどまで愛した男がほかにいたか。

小川の水がかぎりなく透き通る夜、影たちが物語を作り出す。

円卓へ!

 

『キングスマン:ファースト・エージェント』──税金使ったスパイの時代はオシマイ(笑)(★★★★★)

キングスマン:ファースト・エージェント』(マシュー・ヴォーン監督、2020年、原題『THE KING'S MAN 』)

 公費を使いまくって、テキトーにかっこつけてる、「殺しのライセンス」を持つスパイの時代は、完全に終わって(なにしろ本人死んでるし、子どもも作ってる(笑))、こちら、すべて私費でまかないかつ、政治家の命令は受けないスパイ組織、「キングスメン」の時代となろう。歴史に残る名作『スターウォーズ』のように、「はじまり」は、第三作目となった。その「はじまり」も、紋切り型ではない。約100年前、平和主義者の公爵が、平和主義者でもいられないつらい出来事、政治的場所での悪意のため、妻を亡くし、その後、やっと成人するかの息子まで失った。この息子は、妻との愛のためにも、絶対に守り抜こうと、第一次世界大戦の兵士まで免れさせたのに、息子は使命感から自ら志願して行ってしまった。しかも、その戦場でも、堂々と戦いかつ、父の人脈で、戦場から帰れるのに、他の兵士と入れ替わってまで戦場に残って無駄な死を遂げた。

 入れ替わった兵士が公爵を訪ねていく。公爵は息子の死を知らされる。公爵の激しい悲しみと絶望。しかし──世界はとんでもない方向に動き出し、イギリスが危ない──。まー、あれやこれやで、とても、007のライセンスごときではできないことをやり遂げる組織を立て直す。

 「キングスマン」というテーラーを買い取り、その隠し部屋に、メンバーたちが集う。メンバーは、身分社会ではこき使われていた、メイドや黒人の下男。そして、息子にたまたま代役を頼まれた若き兵士? メイドは、全世界の要人のもとで働くメイドのネットワークを持っていた──(笑)。

 茶目っ気やお遊びを各所にちりばめ、「007」ものよりさらにグレードアップして「歴史」を動かすストーリーに仕立て上げた。いまこそ、虐げられた人々が立ち上がる時である。そういえば、あの『聖書』も、紀元前1000年以上前、最下層のヘブライ人が作ったのだった。そして、

 メンバーの呼び名が、アーサー、ランスロット、マリーン、と、「アーサー王と円卓の騎士」をもじっていることに英国人魂を見た。マシュー・ヴォーン、万歳!

 みなさん、よいお年を〜!!


【詩】「外伝」

 

「外伝」

 

それはむかしむかし、葦の葉をより分け、

すすんだ記憶もかなたへ消えかけた夜、

ひとり岸におりたって、おとこを知らぬおとめが、

身ごもったといううわさ、

は、ひとびとの気持ちを、なぜか、

明るくさせた。

奴隷たちのことばさえまだ、成立しておらず、

権威も体系も、

うわさよりは弱々しかった。

わたしのおなかに、赤ちゃんができたの?

そう。そして、この老女の腹にも。

じゃあ、いっしょに産みましょう。

鐘が鳴り、鐘が鳴り、

大天使はあくびをして飛び立った。


 

【詩】「物語」

「物語」

 

勧善懲悪の思想を教えるものでなく、

仏法を説くものでなく、教訓を旨とするものではない。

ひとの情のありのままを記して、ひとの情とはこういうものだと知らせる。

ひとの情を知るとは、あはれを知ることであり、

つまり物語を読むとは、もののあはれをしること。

宣長は物語を解放する、もののあはれへ。

用語例を注釈していきながら。

言(こと)すなわち、事(こと)。

それは契沖よりインスパイアされた。

ソシュールの霊がことだまとなって、

スイス方面から飛んできた。

解放せよ、物語を。

宇宙を。

脳髄のなかに埋葬せよ。