現象の奥へ

【詩】「ラブ・マシーン」

「ラブ・マシーン」
 
かつてアイリス・マードックをNHK教育の英会話上級で見たことがあった。講師の松本某氏がインタビューしていた。その風貌は、痩せたジュディ・デンチ、あるいは、メルケルドイツ首相といった感じだったと記憶している。それが、彼女の伝記映画では、たしか、ケイト・ウィンスレットが演じていた──。まったく雰囲気のちがう、ゴージャスな美女といったウィンスレット。そこから「ドラマ」が始まっていく。その映画は予告編だけで本編は見ていない。それほど興味がなかったような……。だが、今日、ある日突然、彼女の出世作と言われる、「The Bell(鐘)」なる作品を思い出し、かつ、同じく彼女の作品の、「聖と冒涜のラブマシーン(The Sacred and Profane Love Machine)」という作品も思い出した。二作とも読んでいないが(笑)、この二作は私の中で入り混じっている。湖の中に沈んでいる鐘と、ラブ・マシーン。1919年生まれのマードックだが、なんてタイトルをつけるんだろう、ラブ・マシーンだなんて。
自分が書いた拙い小説があって、はじめ、「ザコ(雑魚の意味であり、登場人物のあだ名)」というタイトルだったが、友人の編集者が、タイトルを変えた方がいいと言って、つけてもらった。その題名が、「ラブ・コネクション」だった(笑)。そして、私はこの類似を奇妙な宇宙の暗号のようにして、「さまよう」ことへの鍵を手に入れたのだった。Mark C.Taylor 『Erring(さまよう)』。どこへ? どこから? ひとは惨めな思い出に支えられつつ、それを隠してさまよう。どこへ? どこから? 誰にだってあるはずだ。かぎりなく惨めな思い出。思い出すだけで、自分が誰か、わからなくなってしまうような記憶の、クズのような記憶。Profane──すばらしい単語だ。アイルランド生まれなれど、プロテスタントマードック。彼女もまたさまよっていた──。Sacred──ラブ・マシーン。