現象の奥へ

『モーリタニアン 黒塗りの記録』──老いた女のリリシズム(★★★★)

モーリタニアン 黒塗りの記録』(ケヴィン・マクドナルド監督、2021年、原題『THE MAURITANIAN』

 

今年は9.11二十周年にあたり、それなりの行事はあったが、すでに世界は、「ちがうもの」になっていた。いまだに、「真相」を追いかけているのは、FBI(連邦警察)の年寄りだけで、もうCIA(大統領の情報機関)の姿はない(少なくとも、この件に関するNHKのドキュメンタリーで)。アメリカ政府は、アフガンから軍を完全に退いて、「テロとの戦い」プログラムに一応の終止符を打った。結局のところ、わかってきたことは、9.11の「首謀者」とされるムスリムの多くがサウジアラビアに関係し、支援などを受けていて、そのサウジに武器などを売って稼いでいたのはアメリカのビジネスマンだというのだから、どーします、あなた?(笑)

 悪名高い、ラムズフェルド国防長官+ブッシュ政権が作り上げた、グァンタナモ収容所は、違法な行為があったということは誰もが知っていて、いまさら「告発」されるものは何もない。BBCが今更ながらに作るぐらいだから、ハリウッドでは、2006年に、『ユナイテッド93』を、「実行犯」の思考と生活もちゃんと描写し、綿密な取材のもとに、ドキュメンタリータッチで描いていて、映画史上に残る名作である。さらに6年後の『ゼロ・ダーク・サーティー』では、「合法的拷問」(水責め)も、本作の拷問シーンよりはリアルに描き出している。

 したがって、9.11から二十年後、本作を見て驚く、「ぼーっと生きてんじゃねーよ」の方々、ここには、なんら新しいこと、衝撃的なことはありません。場面展開のカットもイマイチで、まー、よくて星三個の映画です。が、この映画を少しでも眼を引きつけるものにしているのは、人権弁護士を演じた、ジョディー・フォスターの知的で繊細な演技です。普通若さは、顎のラインに出るので、女優たちはみんな顎のライン、ほうれい線を「お直し」しますが、ジョディは、たるんだまんま。もしかして、さらに老いて見せるメーク? それはどうかわからないけれど、このほとんど書類を読んでいるだけというシーンを、ちゃんと見せるものにしているではないですか。そして、勧善懲悪的ではあるが、信念を成就させ、スーザン・ソンタグよりも勇敢な知識人を演じてみせているではないですか。まー、こうした映画ががんがん作られているところを見ると、アメリカは開かれた国だと思いますね。