現象の奥へ

【詩】「愛されるためにそこにいる」

「愛されるためにそこにいる」

男は父親と二人暮らし、
女は……覚えていない。
かなり忘れてしまったフランス映画だ。
地味なダンス教室で出会った。
どちらかの家に招待され
食事をした。ダンスの難しい部分についての話になった
テーブルに人差し指と中指を置いて、
スロースロー、クイッククイック、
みたいなことをフランス語で言い合う。
それだけのこと
おやすみなさい、今夜はごちそうさま。
どちらかが言って、帰って行く。
男の父親は病院に入院していたかもしれない。
かなりの頑固もので、男にやさしい言葉などかけたことがない。
だめ。
今更恋だなんて。
と、二人とも思う。
二人とも、あきらめていた……
男の父が死に、父の部屋の荷物を整理していた時、
戸棚から、男が少年の時優勝したサッカーかなんかの
トロフィーを見つけた。
父は大事にしていた。
スロースロー、クイッククイック。
二人は気づき、走り寄って抱き合う。
人生はその
トロフィーのようなもの。
愛されるためにそこにいる。