現象の奥へ

マラルメ、あるいは潮風」

 

「併し我々を詩から遠ざけているのは浪漫主義だけでなくて、もともとこれが退屈を紛らす手段であるならば、その原因になった生きることに対する退屈そのものの問題もあり、生きているということに就て迷うのと、生きるのをやめるのはそう違ってはいない。そしてここでは、生きていることと詩は同じものを指すのである。自分が自分であることに就て疑いを持たず、寧ろそのことに驚きを感じている充実した人間が発する言葉が詩である時、迷いはこの流れを乱して、人間は詩のみならず、この充実した状態からも遠ざかる。パスカルは詩を書かなかった。(略)マラルメの「潮風」という詩は、言葉だけで出来ている」(吉田健一『文学概論』)

 

La chair est triste, hélas! Et j’ai lu tous les livres.

(肉体は哀しい、なんてこった!私はすべての本を読んだ。)

 

松並木が続く、弁天島の砂浜をどこまでもあるいた。

山下家は遠州の山奥からこの弁天島に引っ越してきた。

ゆえに父の実家はこの地となった。

そこには、明石山脈の裾野、大井川と天竜川が分かれるあたりの山地に位置する、

遠州にはなかった

潮風が絶えず吹きつけている。

Hélas(エラース)!

まさにこの言葉が、山下家のイメージである。

三代前は猿だった。

祖父松太郎、曾祖父こうたろう……猿(笑)。

それがどーした、茶摘みじゃないか。

 

Fuir! Là-bas fuir! Je sens que des oiseaux sont ivres.

(逃げろ! あっちへ逃げろ! 鳥たちは酔っているのを感じる。)

 

浜に落ちているのは醜いウミウシ

記憶に混じるざらざらの砂粒。

祭りの花火があがる。

 

D’être parmi l’écume inconnue et les cieux!

(見知らぬ泡と天のあいだにあること。)

 

Hélas(エラース)! なんてこった!

ここでマラルメに出会うとは