現象の奥へ

『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』──パンデミック時代の美しいアレゴリー(★★★★★)

クワイエット・プレイス 破られた沈黙』(ジョン・クラシンスキー監督、2020年、原題『A QUIET PLACE PART II 』)
 
 前作を見ていたので、もういいかなと思っていたが、キリアン・マーフィーが出演すると知って、がぜん食指が動いた。信頼できる役者が出ているかどうかで、映画を選ぶことにしているが、本作はそれに十分応えるものであった。まず、キリアン・マーフィーの地味な使い方がすばらしい。この、ヒーローではないが、リアルでしかも、美しい人物が映画の格を、格段にあげている。本編のような「ゲテモノSF」風なら、なおさらである。昔なら、オランダのヴァン・ホーベンが好みそうな題材である。宇宙人なのかなんなのか、巨大化した昆虫のような怪物に支配されつつある地球……というより、アメリカのある部分。この化け物昆虫は、人間を餌にしている。襲ってくる速さは超弩級である。しかし、眼をもたず、聴覚が異常に発達し、今回、泳げないことがわかる(笑)。ヒロインのエミリー・ブラント一家は、次男のおさな児と、夫を、この怪物に襲われてしまった。前作で出産した赤ん坊の三男を抱え、14,5歳の長女と、逃亡を続けている。前作で、この昆虫化けモノは、聴覚障害の長女が使っている補聴器が発する、ある周波数に弱いというのもわかっている。ここでは、弱い者が、強い者=ヒーロー(女の子でも)となる。実際、この映画で、みんなを救うのは、さらに知恵と勇気をつけた、この少女なのである。そうであるように、カメラは、この少女をていねいに追い、まるで主人公が変わってしまったかのようだ。しかも、カメラは、エミリー・ブラントの母親と小学生くらいの次男、赤ん坊の組と、ある決意のもと母のもとを飛び出し、行動する長女と、母親に頼まれて、彼女を探しにいく、母の友人であった、キリアン・マーフィーの組、が、「同時に」、化けモノと戦う場面が描かれ、この二組が無事を確かめ合ってよかったね、ではなく、離れたまま、「同時に」、しかし、ラジオから流れる、ある音楽を介して、「互いの無事を知り」、大団円にいたり、Cut!
 闇のカタルシス。やっと、音楽。前作は、2018年の明らかにコロナ前であるが、今作は、2020年、制作時を考えれば、コロナに入っていたどうかのとき。いずれにしろ、完全に映画は変わって、こんな「ゲテモノSF」風題材が、確実な詳細なディテールの積み重ねで描かれ、それは、パンデミック時代の美しいアレゴリーへと変化しているのである。